北海道大学大学院獣医学研究科教授で同大学人獣共通感染症リサーチセンターセンター長の喜田宏氏

 鳥インフルエンザ対策の基本は、感染家禽の摘発・淘汰であり、鳥インフルエンザを家禽だけで終わらせることだ――。9月18、19日と札幌市で開催された第25回日本臨床内科医学会で、北海道大学大学院獣医学研究科教授で同大学人獣共通感染症リサーチセンターセンター長の喜田宏氏は、こう訴えた。

 2010年10月、稚内で、シベリアから飛来したカモの糞便からH5N1高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスが分離されたのを皮切りに、これと近縁なウイルスによる鶏での鳥インフルエンザが、2010年11月から2011年3月までに9県で、計24農場で発生し約185万羽が確認されている(2011年4月5日現在、農林水産省調べ)。野鳥の感染・斃死(へいし)の報告も全国で60例を超えている。こうした状況を総括した喜田氏は、「アジアの家禽のインフルエンザを封じ込めない限り、毎年同じことが各地で起こる恐れがある」と警告する。

鳥インフルエンザワクチン濫用でウイルス拡散

 2005年以降、毎年春に、斃死したカモがユーラシア各地で多数見つかっている。中国などで越冬中にH5N1ウイルスに感染し、シベリアの営巣地に帰る途上で斃死したと見られている。また、シベリアにH5N1ウイルスを持ち込む水鳥も確認されており、湖沼水を介して感染が拡大している。シベリアの湖沼は冬期には凍結するが、インフルエンザウイルスは凍結保存されるという。

 現在では、H5N1ウイルスによる家禽と野鳥のインフルエンザは、ユーラシアとアフリカの62カ国に広がっている。「中国、ベトナム、インドネシア、エジプトの4カ国が、家禽にワクチンを接種して摘発・淘汰を徹底しなかったために、ウイルスが拡大した」(喜田氏)。ワクチンは重症化または発症を抑制する免疫を誘導するが、感染そのものを防ぐ免疫は誘導しない。そのため、ワクチンの濫用はウイルスの拡散を招くことにつながるのだという。

 そして危惧されるH5N1ウイルスのヒトへの感染は、15カ国で合計565例報告されており、死者は331人に上っている(2011年8月19日現在)。報告の9割近くが、ワクチンを使用している上記4カ国が占めている。

 実際、エジプトでは、ワクチンを使い始めた2006年から151人の感染を確認。一方、タイでは2006年までに25人が感染したが、2006年にワクチンの使用を禁止し摘発・淘汰を徹底する対策に切り替えてから、家禽の被害は激減し、ヒトへの感染も報告されていないという。このことから「家禽へのワクチン接種を止めて摘発・淘汰を徹底することが、被害を最小限に食い止めるとともに、ヒトの健康と食の安全を守ることにつながる」(喜田氏)。そのため、ワクチンを使用している4カ国に対し、鳥インフルエンザ対策をワクチン接種から摘発・淘汰に転換することを求めるため、近く、世界保健機関(WHO)、国際獣疫事務局(OIE)、国際連合食糧農業機関(FAO)と会合を開く予定だという。

季節性インフルエンザ対策の改善・推進を

 では今後、いかにインフルンザに立ち向かうべきなのか。これに対し、喜田氏は「シーズンごとの季節性インフルエンザ対策がパンデミック対策の基本。まずはインフルエンザワクチンの改良が重要だ」と語る。

 そしてワクチン改良の短期目標として、(1)力価の向上(純度100%の全粒子ワクチンの評価)、(2)グローバルサーベイランスとITによる抗原変異予測、(3)有効かつ安全な粘膜ワクチンの開発、(4)生物製剤基準の抜本改正――の4つを挙げた。さらに中・長期目標には、(1)粘膜ワクチンの実用化、(2)亜型間交差免疫誘導型ワクチンの開発と実用化、(3)細胞性免疫誘導型ワクチンの開発と実用化を進めるべきと述べた。

 また喜田氏は、インフルエンザウイルス株ライブラリーを構築し、ワクチンおよび診断抗原製造用株として系統保存していることも紹介した。

 A型インフルエンザウイルス粒子は、ヘマグルチニン(HA)の亜型が1から16、ノイラミニダーゼ(NA)が1から9まであり、HAとNAの亜型の組み合わせは144通りになる。このうち65通りについては、アラスカ、シベリア、モンゴル、台湾、中国、日本においてカモの糞便から分離。このほかの79通りについては、実験室で発育卵を用いて、遺伝子再集合によって作出した。

 また、保存しているウイルス246株の病原性、抗原性、遺伝子情報と発育卵における増殖能を解析、データベース化し、ウェブサイトに公開している(こちら)。

 最後に喜田氏は持論を展開、「広く使われている『新型インフルエンザ』という言葉は誤り。正しくは新型インフルエンザウイルスであり、パンデミックインフルエンザの誤訳だ。また、トリインフルエンザのように『トリ』と表記するのも誤りだ。家禽のインフルエンザウイルス感染症であり、『トリ』はヒトの病名でもウイルス名でもない。ウイルスの『毒性』というが、インフルエンザウイルス粒子は毒素ではない。このように、専門家も行政もメディアも用語を間違えたまま情報を発信をしてきた。感染症の本質を踏まえた、筋の通った情報発信をすべきだ」と訴えた。