検疫記念日である7月14日。横浜市港湾局主導による新型インフルエンザ対策の水際対策訓練が行われた。訓練は、7月13日14:00に、横浜検疫所が船舶代理店から、横浜港に入港予定のYOKOHAMA丸(仮称)にインフルエンザ様症状の患者がいるとの事前通報を受けたという設定で始まった。炎天下での訓練は、2009年に発生した新型インフルエンザの国内での流行拡大が、まさに夏場であったことを思い起こさせるものだった。

 訓練では前提条件として、東南アジアで鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)のヒト-ヒト感染が発生したため、WHOが調査に乗り出したという事態を想定。YOKOHAMA丸の前寄港地であるY国では、すでにH5N1型のヒト-ヒト感染が確認されていた。日本国内では未発生であり、海外発生期に相当した。YOKOHAMA丸の患者は、ヒトからヒトへ感染しやすくなったH5N1型ウイルスに感染している疑いが強く、ウイルス流入阻止のための対策として水際対策が発動される事態だった。

図上訓練の場となった港湾局新型インフルエンザ水際防止対策会議

 実際の訓練は、港湾局新型インフルエンザ水際防止対策会議の開催から始まった(写真)。この会議は、水際対策全体からみると第3段階に相当する。目的は、これまで情報を整理した上で、有症者の存在が確認されたYOKOHAMA丸をどの施設に着岸させるかを決定し、さらにふ頭内管理体制を確認することだった。同時に、関係事業者への情報提供も行うことになっていた。

 情報整理が始まる。それによると7月13日14:00、横浜検疫所から入港船舶に有症者がいるとの第一報が港湾局に入った。それは、横浜港感染症対策担当者会議の開催通知でもあった。この第一報を受け、横浜市に横浜市新型インフルエンザ対策本部が設置され、同時に港湾局新型インフルエンザ水際防止対策本部が設置された。

 同日15:00。横浜港感染症対策担当者会議が開催。この会議に出席した港湾局南部管理課長と海務課長から、会議の結果が報告された。それによると、インフルエンザ様症状がある船員が乗船した船舶について、着岸により検疫を行うことが決定された。また、検疫の結果、新型インフルエンザ患者である疑いがある場合、直ちに病院への搬送を行うことも決まった。

 これにより、(1)港湾局が着岸バース(船の着岸施設)を検討し決定する、(2)着岸検疫を実施し、横浜検疫所が患者搬送を担当する、(3)患者搬送は、自力歩行可能な患者は横浜検疫所の搬送車で、自力歩行が困難な重篤患者は救急車で行う、(4)患者を本船から搬送し、患者搬送後の船内消毒を含む検疫が終了するまでの間は、警察が搬送口から半径10km以内において立ち入り禁止の措置をとる、などが決定された。

 港湾局新型インフルエンザ水際防止対策会議のメンバーから、患者の状況について質問が出された。訓練想定では、患者と思われる人は2人だった。患者Aは2等航海士で、28歳の男性(日本国籍)だった。症状は重く、7月13日朝には、悪寒を伴う発熱があり、40度台の高熱で全身倦怠感があり、自立歩行は困難な状態だった。鳥インフルエンザ(H5N1)のヒト-ヒト感染が発生しているY国へ7月9日に寄港した際、その事実を知らぬまま市内観光をしていた。船内の衛生管理者は、この患者に対し、マスク着用と自室以外の使用禁止を勧告していた。

 もう1人の患者Bは2等機関士の26歳男性(日本国籍)だった。患者Aに同行し、7月9日に上陸していた。7月13日から軽い倦怠感を自覚し、悪寒を伴う発熱(39度台)が出現していた。症状は軽く、意識はしっかりとしていて、自立歩行も可能だった。船舶の衛生管理者は、患者Aと症状が似ていることからマスク着用と自室以外の使用禁止を勧告していた。

 しかし、残りの船員13人とは、症状が現れる前に、船内の食堂で共に食事をしていたことから、この13人は濃厚接触者と判断され、衛生管理者はマスク着用と船内の他者との不要の接触を避けるよう求めていた。

 7月13日16:00から開催された港湾局新型インフルエンザ水際防止対策会議では、着岸バースを横浜港山下ふ頭3号岸壁と決定した。病院に近いというのが最大の理由だった。この着岸バースの決定は、直ちにふ頭管理体制に関わる各機関へ伝えられ、問題がないことを確認した。横浜市新型インフルエンザ対策本部へも、会議の決定などの情報提供を行った。

 YOKOHAMA丸は、1万4000トン、船の全長が150mの一般貨物船だった。着岸予定は、2011年7月14日10:40。港湾局新型インフルエンザ水際防止対策会議では、7月14日10:30に、着岸バースである横浜港山下ふ頭3号岸壁において、現場対応を開始することを決定し、その準備に入った。

(現場対応の訓練の模様は、次号でお送りします)