2009年に発生した新型インフルエンザA/H1N1pdm)は季節性化への道をたどっているが、人間にとってより重症と考えられる高病原性ウイルスによる大流行の危機は去ったわけではない。そこで、インフルエンザの重症化に着目した治療法の開発、特に生体の免疫調節能からみた新たな治療の可能性について、専門家の方々に討論をお願いした。

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(出席者)
 木戸 博 氏;徳島大学疾患酵素学研究センター長・教授【司会】
 JS Malik Peiris 氏;香港大学、HKUパスツール研究所 教授、第7回インフルエンザ制圧国際会議 会長
 David S. Fedson 氏;Sergy Haut(France)、前Virginia School of Medicine大学 教授
 玉置 淳 氏;東京女子医科大学第一内科 教授
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徳島大学疾患酵素学研究センター長の木戸博氏

■免疫調節にフォーカスした治療が必要

木戸 本日はインフルエンザウイルス感染症における重症化の病理学的機序と新たな治療法の可能性についてご議論いただきたいと思います。まずMalik Peiris先生に、新たな治療法を必要とする理由についてお話しいただきたいと思います。

Peiris 2009年の新型インフルエンザ・パンデミック(世界的大流行)において、香港では流行開始5カ月以内に小児の45%が感染しました。しかし、ウイルスの病原性が低かったことが幸いし、流行は5カ月ほどでピークを迎え、その後収束していきました。もし、ウイルスがH5N1のような高病原性であれば死亡率は60%前後になり、大惨禍を招いたと推察されます。

 その後われわれは、新たなパンデミックの予防手段を検討しているわけですが、現状ではワクチン接種が唯一の有効な予防法と考えられています。その一方で、抗ウイルス薬の有効性に期待する声もあります。しかし、H5N1感染例に抗ウイルス薬を使用した経験では、4日以内の早期投与例でも50%は死亡しました。すなわち、抗ウイルス薬は適切に早期投与されたとしても、その効果には限界があると考えられます。そのため、新たな治療法が必要なのです。

香港大学教授のJS Malik Peiris氏

 ウイルス感染の拡大には、ウイルスの属性やRNAの複製、体外での拡散が重要な因子となりますが、H5N1の病理においては宿主応答も重要な役割を果たすと考えられています。H5N1に感染させたヒト・マクロファージをマイクロアレイ解析すると、季節性のH1N1やH3N2を感染させた検体に比べ、TNF-αの分泌がLPS(lipopolysaccharide)刺激によるものに匹敵するほど著明に亢進しています。また、実際の感染例の気道上皮やマクロファージには、TNF-αだけでなくIP-10、MCP-1、I型インターフェロン(IFN)などの炎症促進性サイトカインの増加も観察されます。私どもはこの特異的な宿主応答にH5N1感染症の病態の特徴があり、そこに新たな治療法の手掛かりがあると考えています。逆に、前回のパンデミックの原因ウイルスは、こうしたサイトカイン経路を標的にしなかったため低病原性だったのだと思います。

 以上のことを踏まえれば、高病原性インフルエンザのパンデミック対策には、免疫調節に着目した治療法を考える必要があります。これまでに免疫調節に働くことが報告されている薬剤や物質には、スタチン、N-acetyl-L-cysteine、マクロライド系薬、ゲムフィブロジル、グリタゾンなど数多くあります。私どもはCOX-2を標的とする薬剤に注目しています。季節性インフルエンザウイルス感染細胞に比べ、H5N1感染細胞ではCOX-2も著明に上昇しているからです。

 実際に、H5N1を感染させた気道上皮細胞にCOX-2阻害薬を投与すると、炎症誘発性反応が低下します。つまり、COX-2はH5N1誘導による宿主応答の重要な調節因子と考えられるのです。ただCOX-2は、炎症の促進と消散の両方に関与しており、COX-2阻害薬の作用にも長所と短所がありますので、インフルエンザ治療にCOX-2阻害薬そのものを用いることは推奨されませんので特に注意を必要とします。私はCOX-2につながる、より下流の経路で、新たな炎症抑制の標的を見いだしたいと考えています。

■スタチンはインフルエンザの死亡率を低下

木戸 Fedson先生も宿主応答という観点から重症インフルエンザウイルス感染症の対策を検討されていると伺っています。その内容をお聞かせください。

Sergy Haut(France)のDavid S. Fedson氏

Fedson 2009年のパンデミックでは、予防ワクチンは予定の約26%しか生産できませんでした。しかもそれらの9割以上は11カ国でしか供給されず、大量のワクチンが最後まで使われずに廃棄されました。また、抗ウイルス薬の生産量も極めて少なく、ほとんどの国で供給されませんでした。こうした状況を考えても、新たな治療法の確立が急がれます。

 私はその1つとしてスタチン療法に注目しています。冠動脈疾患領域では、急性心臓発作や急性冠症候群の入院患者にスタチン療法を施行すれば、生命予後が延長されることが報告されています。また、心疾患でスタチン療法を施行していた外来患者が入院後もスタチンを継続すれば死亡が42%減少する一方で、中止すると12%死亡が増加するとの報告もあります。このようなスタチン療法の効果は、免疫調節を介した宿主応答の修正にあると私は考えました。そこで米国10州の病院に季節性インフルエンザで入院した成人患者3921例を後ろ向き解析したところ、スタチン服用患者のインフルエンザによる死亡数はそうでない患者に比べ、66%少ないことが明らかになったのです。

 宿主応答の修正は、PPAR-γのアゴニストであるチアゾリジン系薬やPPAR-αのアゴニストであるフィブラート系薬、あるいはAMPKアゴニストのメトホルミンなどでも確認されています。私どもが最近行った実験では、インフルエンザウイルスを感染させたマウスの生存率は10%程度でしたが、ピオグリタゾン、ロシグリタゾン、AMPKアゴニストであるAICARなどが前投与されていると死亡数が30〜50%減少し、ピオグリタゾンとAICARを併用すると生存率は90%に達しました。これもまた、各薬剤の免疫調節作用による宿主応答の修正が生存率に影響を与えた結果と考えられます。

 前回のパンデミックにおいて、感染者の90%以上がワクチンや抗ウイルス薬にアクセスできなかったことを考えれば、こうした免疫調節に働く薬剤の活用は非常に現実的かつ利便性の高い治療法だと思います。

玉置 私が専門とする肺疾患領域でも、スタチンが抗炎症作用を介して肺癌や気管支喘息を改善するというエビデンスが蓄積されつつあります。しかし、スタチンがインフルエンザの死亡率を低下させるというお話には驚きました。

Fedson 中国の研究者は、スタチンを投与すると12時間以内に炎症性サイトカインが著明に低下し、薬剤の血中濃度が消失すれば抗炎症作用も消失し、追加投与すればまた作用が回復することを報告しています。従って、事前に服用しておけば感染予防にも有効である可能性があると考えています。

■抗ウイルス薬にはCAMの併用を

木戸 私も免疫調節作用を有する薬剤に注目しており、その1つとしてクラリスロマイシン(CAM)に期待しています。2009年の新型インフルエンザ・パンデミックにおいて多くの国が備蓄したノイラミニダーゼ阻害薬は、感染した細胞からのウイルスの出芽を抑制することで、インフルエンザウイルスの体内での増加を防ぐと考えられています。免疫学的には、全身性の抗インフルエンザウイルス血清IgGの産生には影響を与えない反面、気道粘膜上の抗インフルエンザウイルスIgA産生は減衰させます。なぜなら、IgG免疫応答はウイルス抗原が少量でも起きますが、粘膜におけるIgA免疫応答はより多くの抗原量を必要とするからです。実際に、ウイルス抗原量を0.6μgから62μgまで5段階に分けたワクチン抗原をミニブタの鼻腔に接種し、血中および鼻汁中のインフルエンザ特異的抗体の力価を比較したところ、血清IgGは0.6〜3.1μgの抗原量でも上昇しましたが、鼻腔拭い液中の粘膜IgAを誘導するためには9.3μg以上の抗原量が必要でした。

 次に私どもは、H1N1ウイルスを感染させたマウスにオセルタミビル(OSV)50μg/日を11日間投与し、鼻腔拭い液と気管支洗浄液の抗インフルエンザウイルスIgA、血漿中のIgAとIgGを投与8日後と12日後に測定しました。その結果、OSV投与マウスにおける鼻腔および気管支の粘膜IgAはコントロールに比べて有意に低値でした。一方、血漿中のIgAおよびIgGには有意な差は認められませんでした。抗体産生細胞数では、より明確な結果が得られており、やはり、ノイラミニダーゼ阻害薬は、感染局所の気道粘膜上の免疫応答を特異的に減衰させる傾向があると推察されるわけです。すなわち、抗ウイルス薬を投与した場合、粘膜局所の獲得免疫ができにくくなることが明らかになってきました。

 私はこの問題点を解決する方法として、ノイラミニダーゼ阻害薬とCAMの併用を考えました。CAMが粘膜IgAの産生を増強することは、動物実験で既に確認されています。そこで小児のインフルエンザ感染者40例を無治療群、CAM投与群、OSV投与群、OSVとCAMの併用群の4群に分け、それぞれの鼻腔内sIgA(分泌型IgA)の変化を比較しました。するとOSV単独では上昇しないsIgAが、CAM単独およびCAMとOSVの併用群では有意に上昇し、特に併用群では上昇が顕著でした(図1)。従って、抗ウイルス薬を投与する際は、気道粘膜の免疫応答を増強するCAMのようなマクロライド系薬を併用することが推奨されるわけです。これにより気道粘膜の獲得免疫ができて感染防御の体制が整うわけです。

図1 オセルタミビルとクラリスロマイシンの併用効果

■既存薬に探る新たな可能性

東京女子医科大学第一内科教授の玉置淳氏

玉置 マクロライド系薬には、抗菌作用以外にも様々な作用があることが報告されています。例えば、ウイルス誘導によるマウスの肺炎モデルにエリスロマイシン(EM)を投与した実験では、用量依存的に生存率と体重減少が改善されることが確認されています。また、インフルエンザ感染患者の血清中にはインターフェロンγ(IFN-γ)が蓄積し、キサンチンオキシダーゼ活性やNO産生が亢進していますが、CAMはそれらの抑制を介して、組織傷害を減少させることも報告されています。さらに、ヒトの培養気道上皮細胞にインフルエンザA型ウイルスを感染させた実験では、CAMが用量依存的にウイルスの増殖を抑制することも確認されています。この実験では、ウイルスRNAの複製をCAMが有意に減少させることも示唆されました。

 最近では、ヒトの気道上皮細胞に存在するシアル酸α2-6型というインフルエンザウイルスの受容体の発現が、CAMによって有意に抑制されることも明らかになっています(図2)。臨床的には、インフルエンザ感染者の高熱や咳症状を改善することも示唆されています。

 以上のように、CAMをはじめとするマクロライド系薬は、インフルエンザウイルスの感染と複製を抑制するとともに、臨床症状の改善も期待できるため、インフルエンザ感染症に対する極めて有用な治療薬と考えられます。

図2 ヒト・インフルエンザウイルス受容体発現に対するクラリスロマイシンの抑制効果
ヒト・インフルエンザウイルスの受容体は蛍光標識した抗体で検出できる(写真の矢印:緑色の線)。クラリスロマイシンはこの受容体発現を抑制した。

Peiris CAMの抗ウイルス作用がエンドソームのpHの上昇作用でもあると考えれば、他のウイルスでも同様の作用を期待できるのではないでしょうか。

玉置 はい、CAMがライノウイルスやRSウイルスの受容体の発現と複製を阻害することも報告されています。

Fedson インフルエンザ感染初期だけでなく、二次性感染症としての肺炎球菌感染症の改善にもマクロライド系薬がセフェム系薬に比べてより効果があることが動物実験で確認されています。マクロライド系薬は、免疫調節につながる特殊なタンパクの阻害作用を有するように思います。

座談会の参加者

木戸 感染初期の対応では抗ウイルス薬やマクロライド系薬の活用が考えられますが、感染早期以降の治療法の確立は依然として課題だと思います。本日は生体の免疫調節の視点から見たインフルエンザの新たな治療法としてスタチンやCAM、あるいはCOX-2へのアプローチなどが挙げられましたが、新薬の開発だけでなく既存薬の中から可能性のある候補物質を検討することも大変重要だと思います。今回の議論がそのきっかけになれば幸いです。貴重なお話をありがとうございました。

(まとめ;日経メディカル別冊編集)


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