近畿医療福祉大学 勝田吉彰氏

 パンデミックに揺れた2009年と比べ地味なイメージながらも、2010年インフルエンザの世界も、振り返ってみるとなかなか賑やかな年だった。今年のインフルエンザ界の10大ニュースをまとめてみた。「世間を騒がせた/世間に希望を与えた」ことをモノサシの1つとして、少なくとも世界のどこかの一般報道に載ったものから選んだ。

第1位 パンデミック終了宣言と“偽りのパンデミック”騒動

 8月10日、パンデミック終了が宣言された。世界的にA/H1N1pdmの流行は下火になっていたものの、インドや南米など局所的流行も散発しこの時期となった。宣言には今後の教訓など盛り込まれた。

 ところでこのパンデミック、WHOが宣言したこと自体が“製薬会社との癒着”だとする“偽りのパンデミック”説が欧州を中心に拡がり、British Medical Journalまで参戦して熱い議論が展開した。こちらは利益相反について明示していなかったことが根源にあるようだ。

◆参考文献
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/pandemic/topics/201008/516329.html
http://www.cidrap.umn.edu/cidrap/content/influenza/swineflu/news/jan1310vaccine.html
http://www.psandman.com/col/WHO-credibility.htm


第2位 H3N2の復権と高齢者受難(ミネソタ・秋田・・・)

 昨年A/H1N1pdmが新しく出てきたとき、過去のパンデミックと同じ運命、すなわちA/H1N1pdmが主役の座につき、これまでの香港型やソ連型を駆逐してしまうという筋書きを想定した向きは多かったと思う。あにはからんや、現実はそうならなかった。

 H3N2が大いに盛り返し、米国でも日本でも優勢になった(WHO地図参照、http://gamapserver.who.int/maplibrary/)。H3N2が優勢となれば、一昨年までと同じ、主として高齢者が大きな被害を被るという図式も想像どおりで、高齢者施設などで騒動になった。

 10月には米ミネソタ州の高齢者施設で集団発生、2人の犠牲者が出た。同州では10月からインフルエンザの犠牲者が出るのは極めて異例なことなので、首をかしげつつ警告がなされていたら、日本国でも秋田で集団感染があり、6人が犠牲になってしまった。もちろん、このH3N2優勢は年を越しても続くだろうから、高齢者ケアにあたる皆さんは注意されたい。

◆参考文献
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/pandemic/topics/201011/517332.html

第3位 抗インフルエンザ新薬の登場

 1月にラピアクタ(ペラミビル)が、10月にイナビル(ラニナミビル)が上市された。前者は点滴投与、後者は吸入。共通するのは1回投与で済むことで、服薬コンプライアンスの問題や吸入困難例など、これまで臨床で困っていたケースにも優しい新薬が登場した。

 新年にずれこむが、富山化学のT705も鋭意進行中。

◆参考文献
http://www.daiichisankyo.co.jp/news/detail/003814.html
http://www.shionogi.co.jp/med/p_rapiacta/


第4位 国内H5N1発生

 11月29日、島根で鳥インフルエンザH5N1が発生した。5羽の発生で迅速な報告、養鶏場・行政の素晴らしいチームワークで見事に抑え込んだ。兵庫・宮崎・岡山の経験もばっちり生かされ、日本は先進国だと実感できた出来事だった。

 その後も富山・鳥取・鹿児島と続いたが同様にしっかり対応。

第5位 7年ぶりに香港でH5N1

 11月17日、香港で7年ぶりにH5N1ヒト感染が報告された。中国本土への旅行帰りの59歳女性だった。これを受けて香港の警戒レベルが引き上げられた。中国本土側でも、患者の立寄り先の上海や南京では宿泊先ホテル従業員数十人まで含め徹底的な検査が行われたものの、感染経路特定には至らなかった。その後発生は続かず12月8日に警戒レベル引き下げとなった。

◆参考文献
http://www.chp.gov.hk/en/view_content/22266.html
http://www.info.gov.hk/gia/general/201012/08/P201012080158.htm

第6位 ユニバーサルワクチンの開発が進む

 毎年打たなければならないインフルワクチン、一度打ったらそのまま何年も有効ということにならぬのか――。誰もが想うそんな夢に一歩近づいたのも2010年だった。

 HAタンパク、変化しやすい“傘”の部分じゃなくて変化しない“幹”の部分を認識し、ウイルス変異にかかわらず有効なユニバーサルワクチン。臨床試験に一歩駒を進めた。

◆参考文献
http://www.voanews.com/english/news/health/Human-Trials-Start-for-Universal-Flu-Vaccine-111689694.html
http://www.prnewswire.com/news-releases/biondvax-begins-phase-iia-study-for-universal-flu-vaccine-104692124.html


第7位 インフルエンザウイルスのタンパク構造解明が進む

 分子生物学的部門も健闘、M2タンパクの構造、プロトンポンプの構造、PB2とベールがはがされてきた。新薬開発の応用に期待がかかる。

◆参考文献
http://suncoastpinellas.tbo.com/content/2010/nov/04/PINEWSO5-fsu-probing-flu-medicine-resistance/news/
http://chicagopressrelease.com/science-and-health/achilles-heel-of-flu-virus-revealed-may-lead-to-new-drugs-livescience-com
http://blog.goo.ne.jp/tabibito12/e/dc89a4eaa7215d8a80ec17a326bde784
http://www.reuters.com/article/idUSTOE67304D
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/research_highlights/no_44/

第8位 ワクチン接種後けいれん副反応

 オーストラリアを中心に、インフルエンザワクチン接種後に発熱とけいれん症状を呈する子供が続出し、社会問題となった。犠牲者も1人発生したことから、オーストラリア当局は6歳未満に対する接種を中断した(ハイリスク群に対しては担当医と相談の上でとなった)。

 CSL社製ワクチンに集中し、米FDA調査チームが同社製造体制の杜撰さを指摘するなどの続報も見られたが、原因究明には至っていない。

◆参考文献
http://www.newscientist.com/article/dn19539-australia-blames-a-flu-vaccine-for-child-convulsions.html
http://www.physorg.com/news201359364.html%22%22/
http://www.fda.gov/BiologicsBloodVaccines/GuidanceComplianceRegulatoryInformation/ComplianceActivities/Enforcement/UntitledLetters/ucm217293.htm
http://www.abc.net.au/news/stories/2010/06/12/2925449.htm?site=news
http://www.abc.net.au/news/stories/2010/06/12/2925449.htm?site=news
http://www.pharmacist.com/AM/Template.cfm?Section=Pharmacist_Immunization_Center1&Template=/CM/ContentDisplay.cfm&ContentID=23548

第9位 ワクチン接種後ナルコレプシー副反応

 北欧を中心に、インフルワクチン接種後にナルコレプシーを発症したとする報告が相次ぎ問題となった。ナルコレプシーは睡眠発作・睡眠時幻覚・情動脱力発作を主症状とする睡眠障害だ。こちらも因果関係がはっきりしないまま現在に至っている。

◆参考文献
http://www.gsk.com/media/pressreleases/2010/2010_pressrelease_10087.htm
http://www.thehimalayantimes.com/fullNews.php?headline=Narcolepsy+fears+may+halt+swine+flu+vaccine%2C+Finland&NewsID=255049

第10位 新型インフルエンザ対策総括会議

 新型インフルエンザ対策総括会議が開催され、国の新型インフルエンザ対策が検証された。パンデミック中に経験された現場の声を反映し提言がなされるということが行われた。同会議の提言をもとに、今後の新型インフルエンザ対策へ軌道修正が行われてゆく。

◆参考文献
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100610-00.pdf


 さて、こうして1年をふりかえってみると、2010年は「迷いから希望へ」の年だったといえるだろう。2009年のパンデミック宣言が、日本の対策が、検証され教訓化されてゆく。一足はやく教訓化された鳥インフルエンザ対策は各地の発生をがっちり抑え込んだ。

 タミフル・リレンザに次ぐ抗インフルエンザ薬の上市で武器の選択肢が拡がり、タンパク構造解明やユニバーサルワクチン開発は、来年以降に向けての希望につながってゆく。

 人類は一歩一歩進歩してゆく動物なのだ、経験に学ぶ動物なのだ、ということをしっかり実感できたこの1年ではなかろうか。

 読者のみなさん、良い年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。

 過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(近畿医療福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組んでいる。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。

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