年末に都内のセミナーで講演した東京大学医科学研究所教授の河岡義裕氏

 新型インフルエンザA/H1N1pdm)が発生したため、すっかり影の薄くなってしまった感のある鳥インフルエンザA/H5N1。だが、ヒトに適応する危険性は、むしろ高まっているようだ。東京大学医科学研究所教授の河岡義裕氏(写真)が率いる研究グループによると、鳥インフルエンザA/H5N1のヒト感染例が特に目立つインドネシアで、ブタからA/H5N1ウイルスが見つかった。また、1つの分離株はヒト型の受容体を認識する能力を獲得していた。

 研究成果は、インドネシア国立アイルランガ大のChairul A.Nidom氏らがEmerging Infectious Diseases(Vol.16,No.10,10,2010)に発表した。

 Nidom氏らのグループは、「ブタは鳥インフルエンザウイルスがヒトに適応していく際の中間宿主になりうる」と指摘されていることから、鳥インフルエンザA/H5N1のヒト感染例が世界の3分の1に達しているインドネシアにおいて、ブタからの分離株の検出を試みた。

 調査は2005〜2009年の3回の雨期に実施し、インドネシア各地の外見上健康なブタから、鼻や糞便、血清のサンプルを採取した。

 その結果、702件の鼻ぬぐい液中、2005〜2007年に採取した52サンプル(7.4%)から、インフルエンザA/H5N1ウイルスが検出された(表1)。

表1 インドネシアのブタから分離されたインフルエンザA/H5N1ウイルス

 特徴の1つは、家禽においてA/H5N1ウイルスの流行が確認された地域に近い農場・と畜場のブタから検出されたという点だ。これは、鳥からブタへの伝播を示唆するものであった。

 たとえば、2005年に分離された35のウイルスは、すべてバンテン郡のタゲラン地域にある5つの養豚場のブタからのものだった。この地域は、2004年に家禽においてA/H5N1ウイルスの流行が確認されて以降、A/H5N1ウイルス感染が土着化した地域に近いところであった。

 第2期の調査期間である2006年10月〜2007年2月には、バンテン郡、東ジャバ郡、北スマトラ郡、南カリマンタン郡の計6農場・と畜場のブタから検出された。これらの施設はすべて、かつて家禽にA/H5N1ウイルスの流行が確認された地域に近かった。

 第3期の2008年11月〜2009年4月には、300サンプルを調べたがウイルスは分離されなかった。

 特徴の2つ目は、検出されたウイルスが、分離された地方とは無関係に3つの異なる群に分離することが可能だった点だ。

 ブタから分離されたA/H5N1ウイルスの特徴を明らかにするため、遺伝子配列の解析を行ったところ、解析した39のウイルスは、HA遺伝子配列を基準とすると、分離された地方とは無関係に3つの異なる群に分離することが可能だった。これは、ブタが地域間を広範囲に移動していることを示唆するものであった。

 さらに、13の代表的なウイルスのHA遺伝子について系統解析を行った結果、遺伝子配列の解析結果と同じ3群が確認された。これにより、研究グループは「H5N1ウイルスは2005年から2007年の間に、少なくとも3回はブタに伝播した」と結論した。

 これらの結果から明らかになったのは、まず「ブタはA/H5N1ウイルスに感受性がある」ということだ。次に、ブタに症状が見られていなかった点を考慮すると、「ブタはA/H5N1ウイルスの無症候性の“貯蔵庫”となりうる」ことも浮かび上がった。

 さらに、今回の検討で最も重要だと思われるのは、分離株のヒト型への適応の度合いを明らかにした点だ。

 受容体特異性について検討したところ、分離株の1つはヒト型の受容体にも結合することが明らかとなった。つまり、「鳥インフルエンザA/H5N1ウイルスは、ブタの体内で複製中に、ヒト型受容体を認識する能力を獲得しうることが示された」わけだ。

 今回の研究成果は、非常に貴重なものだ。特に「鳥インフルエンザA/H5N1ウイルスは、ブタの体内で複製中にヒト型受容体の認識能を獲得しうる」という点は重要だろう。いつの日か、ヒトへの適応化が新たな段階に進んだA/H5N1ウイルスが出現し、養豚業者やその家族に襲い掛かるかもしれない。

 では、今の時点で可能な対策はあるのだろうか。研究者らは、インドネシア政府に対して「国内でのブタの輸送を制限すること」を推奨している。インドネシア政府が動き出すのかどうかは不明だ。が、ヒト型への適応の進展を抑える努力をしなければ、新たなパンデミックインフルエンザウイルスの出現リスクが上昇する危険性は高まるばかりであろう。


■参考文献
Influenza A (H5N1) Viruses from Pigs, Indonesia

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■訂正
12月20日、以下の訂正を行いました。
・本文5段落目に「インフルエンザA/H1N1ウイルス」とあるのは「インフルエンザA/H5N1ウイルス」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。