日本臨床内科医会インフルエンザ研究班副班長で廣津医院(川崎市)院長の廣津伸夫氏

 今年のインフルエンザの流行期(2010/11シーズン)は、パンデミックインフルエンザ(A/H1N1pdm)の発生から2シーズン目となる。日本では特に、A/H1N1pdmのインパクトを最小限に抑えられたこともあり、第2波への警戒心が緩んでいるのではと心配する専門家もいる。日本臨床内科医会インフルエンザ研究班副班長で廣津医院(川崎市)院長の廣津伸夫氏(写真)もその1人。「罹患者が少なかった乳幼児で感染が広がる可能性もある」と懸念する廣津氏は、「抵抗力の弱い乳幼児については、今まで以上に感染対策を徹底すべき」と訴える。

―― WHOが終息宣言を出して以降、もうA/H1N1pdmの脅威は過ぎ去ったかのような雰囲気ですが、本当に大丈夫なのでしょうか。

廣津  WHOも警告していますが、世界的な大流行は終息しても、A/H1N1pdmウイルスがなくなったわけではありません。スペインインフルエンザの時のように、第2波、第3波の襲来もありえます。決して脅威が去ったわけではないのです。

―― A/H1N1pdmが季節性化していく過程にあるのだと思いますが、2010/11シーズンへ向けて、先生が最も気にしている点は何ですか。

廣津  今回の流行状況をみると、季節性インフルエンザの場合と比べて乳幼児の罹患者が少なかった点が特徴の1つです。2009/10シーズンに、私の診療所で迅速診断キットの陽性例(ほとんどがA/H1N1pdmと考えられる)は746人でした。これを年齢層別にみると、6歳以下の乳幼児が27.1%、7〜18歳の学童と生徒が51.6%、19〜59歳の成人が20.9%、60歳以上の高齢者は0.4%でした。これは川崎市の定点観測データとほぼ一致した結果でした。

 一方、季節性インフルエンザですが、私のところでは過去8シーズンのA型の患者数は1689人でした。年齢別で見ると、6歳以下が31.9%、7〜18歳が29.3%、19〜59歳が36.9%、60歳以上が1.8%でした(図1)。

図1 A/H1N1pdmと季節性インフルエンザの年齢構成の違い

図2 季節性インフルエンザの感染歴とA/H1N1pdm感染の関係

―― A/H1N1pdmでは、学童あるいは生徒の年代が感染の中心であり、学校中心の感染拡大という様相でした。この年齢層以外は、季節性に比べて少なくなっていますが、その中でも6歳以下に着目する理由は何でしょうか。

廣津  A/H1N1pdmが発生した2009/10シーズンの1つ前の2008/09シーズンに、季節性インフルエンザA型に感染した人では、A/H1N1pdmに感染する人が少なかったというデータがあります。

―― 詳しく説明していただけませんか。

廣津  自院のデータですが、2008/09シーズンに季節性インフルエンザA型に感染した人が287人でした。このうちA/H1N1pdmに感染した人は68人(23.7%)でした。一方、2008/09シーズンに季節性インフルエンザB型に感染した人は200人でしたが、A/H1N1pdmに感染した人は95人(47.5%)でした。つまり、A型の感染歴のある人では、B型の人に比べて、A/H1N1pdmに感染する人が少なかったわけです(図2)。

図3 年齢層別にみた季節性インフルエンザの感染歴とA/H1N1pdmの感染の関連性

―― 割合としては、B型の感染歴のある人の半分ぐらいですね。

廣津  今回のA/H1N1pdmもA型ですから、季節性インフルエンザのA型に感染した人では、A型に共通する免疫力を獲得していたと考えられるわけです。一方のB型に感染した人では、A/H1N1pdmと共通する免疫力を持ち得なかったと思われるのです。

―― 90歳以上の高齢者が高レベルのA/H1N1pdm抗体を保有していたことが報告されていますが、このような特異性の高い抗体という免疫力ではなくて、A型グループに共通する免疫力がある程度あったということですか。

廣津  そうです。これを年齢層別にみると、なぜ乳幼児に注意しなければならないのかが分かります。図3をみてください。こちらは、さきほどの季節性インフルエンザの感染歴とA/H1N1pdmの感染の関連性を、年齢層別にみたものです。

 2008/09シーズンに、季節性インフルエンザA型に感染した0〜6歳の乳幼児は84人でした。このうちA/H1N1pdmに感染した人は27人(32.1%)でした。注目していただきたいのは、B型の感染歴のある乳幼児の場合との比較です。2008/09シーズンにB型に感染した0〜6歳の乳幼児は41人でした。このうちA/H1N1pdmに感染した人は14人(34.1%)でした。A型との比は1.1でした。

 ほかの年齢層では、B型との比が、たとえば7〜12歳では1.4、13〜18歳では2.0、19歳以上では2.4なのです。つまり、乳幼児の場合は、季節性のA型とA/H1N1pdmに共通する免疫力が弱いのではないかと考えられるのです。

―― さきほども言いましたが、A/H1N1pdmでは学校中心の感染拡大といえるものでした。学校での罹患率はどれほどだったのでしょうか。

廣津  川崎市の小学校では41.2%でした。10人中4人はA/H1N1pdmに罹患したことになります。一方、川崎市全体の罹患率は、6.0〜7.0%と推測されています。学童や生徒に集中していたことは明らかです。

―― 先生が継続して調査されている家庭内感染は、いかがだったのでしょうか。

廣津  家族内感染率は18.3%でした。季節性インフルエンザの場合は21.6%ですので、今回のA/H1N1pdmの方が低いという結果でした。学校内感染のシミュレーションを応用して家庭内感染率を求めたところ、家庭内感染率は34.1%と推定されました。しかし、実際は18.3%と大幅に低かったことになります。

―― なぜ、家庭内感染率は抑えられたのでしょうか。

廣津  シミュレーションのパラメーターを見直す余地はあるのですが、一番大きいのは、家庭での感染防御対策が十分に機能していたからだと思われます。図4をご覧ください。これは第1罹患者から第2罹患者発症までの間隔をみたものです。季節性インフルエンザに比べて、1日目、2日目の第2罹患者発症が少ないことが分かります。1日目から7日目までの発症が家庭内感染によるものと想定できるのですが、この間の罹患が少なかったわけです。

 もう1つ着目してほしいのですが、10日目以降に発症した第2罹患者発症が27%で、季節性の時の7%を大きく上回っています。これは家庭の外では感染が広がっていたにもかかわらず、家庭内では感染が抑えられたことを意味していると思います。

―― 結果的にA/H1N1pdmのインパクトが弱かったため、こうした家庭内感染対策が緩むことも考えられます。

廣津  A/H1N1pdmでの乳幼児の罹患率は30%程度と思われますが、罹患率71.2%の保育園もあります。その保育園では、1つのピークが治まった後、数週間後に再びピークを迎え、トータルとして高い罹患率になったのです。2009/10シーズンに乳幼児が少なかったのは、家庭で十分守られていたからだと思われます。まだ感染する可能性のある乳幼児はたくさんいると思われますので、抵抗力の弱い乳幼児については、今まで以上に感染対策を徹底すべきではないでしょうか。

図4 家庭内の第1罹患者から第2罹患者発症までの間隔

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