今回の新型インフルエンザパンデミックで、日本での死亡率が諸外国に比べて低かったのは、成人に感染が広がらなかったからだ──。インフルエンザ研究者交流の会(会長:国立病院機構仙台医療センター西村秀一ウイルスセンター長)がこのほど開いたH1N1パンデミックに関するシンポジウムで、そんな見方が浮上した1)

 「交流の会」は研究者だけでなく、開業医や地方の衛生研究所の担当者、ワクチンや診断機器メーカーなど、現場で診療や検査に携わる人が幅広く参加している。今年は7月2日から3日間、長野県軽井沢でシンポジウムを開き、H1N1パンデミックのこれまでと今後について、泊り込みで議論した。

 昨年の今ごろ最も懸念されていたのは、若年層に重症ウイルス性肺炎が多発し、救急医療が破綻することだった2)。先に感染が拡大した米国やメキシコでは、普段インフルエンザではあまり肺炎を起こさない20〜50代の患者がウイルス性肺炎で死亡。東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らによるサルの実験でも、新型インフルエンザウイルスは肺で増殖しやすく、病原性も強いことが示唆されていた。けいゆう病院(横浜市)の菅谷憲夫小児科部長は「重症肺炎のリスクを下げるため、患者全員にタミフルを投与すべきだ」と呼びかけた。

 新型インフルエンザが成人に重症肺炎を比較的起こしやすかったのは確かだ。厚生労働省によれば、15〜65歳の死亡例における死因のトップは肺炎。患者の46%で報告された。だが幸い、救急医療が麻痺する事態には至らなかった。日本の死亡率は10万人当たり0.16。米国の3.96は統計の取り方が異なり比較しにくいが、カナダの1.32、韓国0.53、ドイツ0.31などと比べても低く、重症化例は想定を大幅に下回った。東北大学の押谷仁教授は「日本では感染拡大が学校内にとどまり、地域に広がらなかったのが最大の理由だ」と指摘した。

 実際、日本では新型インフルエンザで医療機関を受診した推定患者の7割以上が20歳未満だった。世代人口の65%が受診した計算だが、この世代の受診者が重症化や死亡に至るリスクは小さかった(図1を参照)。逆にリスクが高かった40歳以上の世代では、推定受診者は約2.5%にとどまった。米国やメキシコで成人に広がったのとは対照的だ。会では地域の開業医や衛生研究所の担当者から、「家庭でも子供から親にはあまり感染しなかった」との声が相次いだ。

図1 年代別にみた新型インフルエンザ感染者の入院率、重症化率、死亡率(厚生労働省)

 なぜ日本では、成人の間で感染が広がらなかったのか。(1)抗インフルエンザ薬の投与でウイルスの排出量が減り、二次感染が抑えられた、(2)家庭内での感染予防策がよく実行された、(3)親世代に感染させやすい乳幼児の罹患率が比較的低かった(4)成人に新型インフルエンザへの感染を防ぐ何らかの免疫があった──などの可能性が指摘されたが、議論は収束しなかった。

 第1波は終息したが、日本には未感染の成人が大量に残っている。会場で行われた電子投票式アンケートでは、参加者の約半数が「今年の秋以降に新型インフルエンザが再流行する」と予測した。また「感染効率は変わらないかやや上昇し、病原性は同程度」と見る人が多数を占めた。

■参考文献
1)2010/7/24発売の日経サイエンス9月号「日本の死亡率が低かったわけ」
2)日経サイエンス2009年11月号「新型インフルエンザ 本当の怖さ」