三菱総合研究所・研究員の平川幸子氏。厚労省新型インフルエンザ対策推進室を拠点に国の対策の展開に携わった。

 三菱総合研究所・研究員の平川幸子氏(写真)。健康危機管理、消費者のリスク教育などを専門とする。官民人事交流制度の下、2008年4月から2010年3月まで、厚生労働省の新型インフルエンザ対策推進室に在籍した。当初は、事業者対策や業務継続計画を中心に担当。新型インフルエンザ(パンデミック2009H1N1)発生後は、主としてワクチン対策に奔走した。この1年を振り返って、厚労省と自治体、医療機関などとの間にミゾがあったと感じると話す。「オールジャパンで戦うという一体感がなかったのかもしれない」。それはなぜか。

―― 1年間、本当にご苦労様でした。現在、厚労省などは、これまでの対策の検証作業を進めているわけですが、国の対策には、かなり厳しい意見が出ているようです。

平川 検証は大事です。私たちは、ともかく、今回実施した対策の記録を残すことが必要だと考え、作業を進めました。私もリポートを提出済みです。

―― かつてのパンデミックであるスペイン・インフルエンザについては、当時の内務省がまとめた記録が残っていました。アジア・インフルエンザについても同様です。先達の苦労を知る上でも貴重な資料になっているはずです。今回のパンデミック2009H1N1については、いつごろ公開されるのでしょうか。

平川 現時点(2010年5月)で、まだ総括会議を開催している途中ですので、公表できる時期は分かりません。次に役立てる意味では早く公開して欲しいですが、拙速になっても問題です。総括会議の資料として対策の事実関係を整理した資料が公開されているので、参考になると思います。

―― 日経メディカルに「元厚労省新型インフル対策推進室メンバー座談会」の記事が載っていました。平川さんの発言が少ないように思いましたが、話し足りなかったのではないですか。

平川 読者が医師ということで医療体制の話題が中心でしたので、相対的に少なくなったのかもしれません。

―― その中で、気になった発言がありました。「医療従事者と行政の間に不信感が生じてしまった」というくだりです。この意図するところは何でしょうか。

平川 不信感という言葉は強すぎるかもしれませんが、政府の対策本部と自治体、医療従事者は、本来、対策を一緒に行うパートナーなのに、相互に情報共有ができず、一体感が希薄だと感じました。

 厚労省の対策本部では、刻一刻と変わる情勢を迅速に把握して、的確な対策を打ち出すために議論を重ね、その上で対策を発表していました。国内外からの情報の集約と共有がスムーズにいくよう、多いときは講堂に200人程度の職員が省内横断的に集まり、必要な場合はすぐに議論する、という体制がとられていたのです。

 しかし、その議論の過程が皆さんからは見えにくいものだったかもしれません。外部からみると、結果だけがポンと出てきて、それが通知という形で流される。もっと議論の過程をオープンにして、自治体の担当者らにも参加してもらい、意見を言っていただけなかったのか、と思います。医療従事者の方も同様です。

―― 自治体側からすると、通知だけが次々と舞い降りてくるというのが実際でした。たとえば、通知をもとに自治体側の対応がとられたわけですが、文面の解釈が難しい部分を厚労省に照会してる間に、次の通知が届くことも稀ではなかった。なぜその対策が必要なのか考える間もないぐらいに。

平川 可能な範囲で議論の過程に参加いただき、情報を共有するということは、欠かせないと感じました。伝え方は検討しないといけないですが、参加意識を持ってもらえると、国と一体となって対策に取り組んでいるという意識が生まれます。

―― オールジャパンで新型インフルエンザ対策に取り組んでいるという意識が大切だったと。

平川 そうです。自治体の担当者も、もちろん医療に従事している方々も、もともとオールジャパンの一員なのですから。

 その根底には責任の所在の問題もあります。ワクチン対策についても、総括会議では、国が強制的に決めずに自治体が主体となるべきという意見が、自治体側からあげられました。このような議論は新型インフルエンザの発生前に行うべきでしたが、問題が顕在化しないと進みにくいものです。今回の総括をきっかけに、議論を前に進めることを期待します。

―― 議論の過程をオープンにして、参加意識を高めていくには、ご指摘のように伝え方の工夫も必要だったとも思います。

平川 議論の過程をオープンにしたり、情報共有が必要なのは、新型インフルエンザに限ったことではありませんが、技術的にはネット上の会議システムなどを駆使すれば、できることもあったように思います。

―― 選任のスポークスパーソンが居ても良かったと感じていますが、いかがですか。

平川 厚生労働省では、医師でもある新型インフルエンザ対策推進室長がメディア対応を一元的に行い、4月後半から約2カ月間は毎日、記者会見を行っていました。その後、担当が感染症情報管理室長に代わりましたが、2010年の2月まで、週に2〜3回の記者会見を続けています。100回以上の記者会見を行っていますが、広報の専門家や専任ではないためか、一般にはスポークスパーソンとして認識されていませんね。

 また、官邸のスポークスパーソンである官房長官も、政府の方針や対策を発表されていました。ただ、マスコミには、大臣の会見ばかり注目され、一般の方が目にするのも大臣の会見のシーンばかりだったように思います。

―― 大臣会見は確かにインパクトはありました。国民の意識を高めるのに貢献したことも事実だと思います。が、少し出すぎという感も否めない。

平川 国の方向性を示す際にトップが発信することは必要な面もあったと思います。ただし、内容的に踏み込んだ面や会見の時間帯などについての指摘もあるとおり、事務方とトップの役割分担は、今後のリスクコミュニケーション上の検討課題であると思います。

 実は、発生前にも新型インフルエンザ発生時のスポークスパーソンの必要性は指摘されており、ガイドラインにも「広報担当官とその代理を置く」と記載していますが、予算の関係でしょうか、実現しませんでした。広報体制強化の必要性は今後も訴え続ける必要があると思っています。

―― 今後に向けて、削るのではなく加算する「プラスの事業仕分け」の対象にして欲しいものです。最後にワクチンのことをお伺いします。予想以上に、医師の接種希望があったことをどのように受け止めていますか。

平川 医療従事者、特に医師は、ワクチンの優先順位は高く設定しました。新型インフルエンザの診療に当たる医師が倒れてしまっては、救える患者も救えなくなるからです。しかし、私たちが予想した以上に接種希望が多かった。新型インフルエンザの診療に携わらない医療従事者も希望することは、想定していなかったからです。

―― そこに認識のずれがあったわけですね。今は新型インフルエンザの診療に当たっていないが、流行が大きくなったら携わらざるをえないかもしれない。そう考えて希望した人も多かったのではないでしょうか。また、新型インフルエンザの診療に手がとられる分、新型インフルエンザ以外の診療の場は手薄となる。そこを担当する医師が罹患してしまったら、病院が動かなくなってしまう。それを恐れて希望した人もいるはずです。

平川 そうかもしれません。優先接種対象者に関しては、意見交換会やパブリックコメントを実施し、オープンな議論を行ったつもりでしたが、検討期間が短かったために皆さんの思いを十分理解できていない面があったと思います。また、説明が分かりにくかったとの指摘もありました。説明責任という意味で、反省しなければならない点です。

 「決定したことを伝えるだけ、それも上からものを言うように」との指摘もありましたが、今回の対策のわれわれの一番の思いは、重症化される方を減らし亡くなる方を一人でも少なくしたかった、という一言につきます。命を救いたかったのです。それは医療従事者の方々も同じだろうと思います。それなにの「上からものを言うように」という指摘があったということは、どこかで「やらされている」という意識があったのではないかと感じました。

 大規模感染症などのリスクには、国だけではなく、権限、責任やリスクを分担する必要があると考えています。現在、厚労省で、オープンな場で自治体の関係者も招聘して総括会議を開催しています。これをきっかけに、国家レベルのリスクについての国と自治体、医療機関の、それぞれの権限と責任について議論が前に進み、次のパンデミック時にはオールジャパンで戦える体制になることを期待します。

■参考文献
流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録
アジアかぜの流行史 A2インフルエンザ流行の記録(1957〜1958)