手元に「もうひとつの新型インフルエンザ対策」という本がある。一般企業向けに、新型インフルエンザに対する法的リスクへの対応を説いたものだ。著者である丸の内総合法律事務所の中野明安弁護士(写真)は、医療機関にとっても見直して欲しい点は多々あると指摘する。去年の今頃、診療拒否をしたとして、医療機関に対して当時の厚生労働大臣が怒りの会見を行ったのをご記憶の方も多いと思う。「次は警告ではすまないだろう」と中野氏。では、医療機関はどうすればいいのか。

―― 中野先生が「もうひとつの新型インフルエンザ対策」(写真)を脱稿したのは2009年末となっています。それまでの法的な相談案件について一つひとつ答える内容となっていますが、振り返って、昨年の今頃はどのような質問が多かったのでしょうか。

中野  ちょうど株主総会の時期にあたっていました。自粛した方がいいのか、開催した場合の注意事項は何か、などといった具体的な問い合わせが多かったです。

―― 「もうひとつの新型インフルエンザ対策」のQ36に「パンデミック期の株主総会」というのがあります。株主総会を控えているが、新型インフルエンザが発生し、政府が「会議の自粛」「不要不急な外出を避けるように」としている状況下で、株主に対して招集通知を出して参加を呼びかけてもいいのか、との質問を取り上げています。

中野  答えは、「総会への参加を呼びかけ実施したとしても、それだけで安全配慮を欠くということにはならない。開催に当たっては、適切な感染防止策・安全対策をとることが必要不可欠。また、来場を避けたい株主に対して、会場に来なくても議決権行使ができる方法について積極的に案内することも検討すべきである」というものでした。

―― 「開催に当たっては、適切な感染防止策・安全対策をとることが必要不可欠」とありますが、具体的にはどのようなアドバイスをされたのでしょうか。

中野  会場での対応だけでなく、招集通知の文面から議決権行使の方法まで含めて検討すべきと指摘させてもらいました。会場の対応面では、消毒スプレーなどの設置だけに留まらず、実際に利用されるような工夫、たとえば係員が実践して見せるなどの対応を勧めました。通知などの面では、「株主総会での感染防止が最優先事項である」ということを念頭において対処するようにアドバイスしていました。

―― 当時の一般企業の反応は、いかがでしたでしょうか。

中野  発生以前から、事業継続計画(BCP)の一環として、企業に対して「新型インフルエンザ対策の必要性」を訴えていました。5月の今頃、国内発生が確認されたのを機に、企業の意識は一変したと思います。

―― 企業によっては、対策面で先行していたところも少なくなかったわけですが、そうではないところも、一挙に意識が高まったという感じでしょうか。

中野  その通りです。特に、総会の開催については、各企業のトップの判断となりますから、新型インフルエンザ対策の必要性については、このころを境に、認識が高まったと感じています。

―― 先生がまとめられた「もうひとつの新型インフルエンザ対策」は、法的なリスクの洗い出しとその対応策について啓発されたものです。一般企業向けとなっていますが、医療機関にとっても役立つ情報が多いと感じました。

中野  企業がいかにして事業を継続するか、つまりBCPをどのように打ちたて実行するか、これに対する答えを探ったのがこの本です。私は、阪神淡路の震災の際、法的な課題が多いことを経験しました。新型インフルエンザも同じなのです。危機管理をどうするか。その対策を講じる上で、法的な面をどのようにクリアするかを検証したものなのです。確かに、一般企業向けにまとめた本ではありますが、多くは医療機関にも応用可能だろうと思っています。

―― 医療機関にとってのBCPは、一般企業よりももっと新型対策の前線に近いところでのものとなります。

中野  社会的要請に応える使命がありますから、一般企業よりシビアです。対策の最前線でのBCPを如何に構築するかが問われていると思います。

―― 先生が著した「労務管理に関する法的問題」や「取引・契約に関する法的問題」、さらには「経営に関する法的問題」は、すべて医療機関にとっても重要ということですか。

中野  「労務管理」については、企業も医療機関も同じだと思います。給食や清掃、物品管理・搬送など、医療機関に出入りする事業者も多いはずです。彼等との取引・契約については、今一度、内容を見直しておくべきだと思います。

―― 経営という面では、「診療拒否」が実際に問題となりました。発熱相談センターでトリアージされ、発熱外来に行かなくてもいいと指示された患者が、一般外来で受診を断られるケースが相次いだというものです。

中野  医師法19条1項の「応招義務」違反に相当する事案だと思います。新型インフルエンザが発生した当時は、緊急時だからこその対応という認識が多かったように思います。でも、今後は、同じ考えは通じないはずです。

―― イエローカードを一枚もらった状況ということですか。

中野  次に「診療拒否」があったら、看過できることではないと思います。

―― 「診療拒否」が許されないであろう医療機関は、次に向けて何をすべきでしょうか。

中野  まず、法律の専門家らを交えて、医療対応の面で法的リスクの検証をした方がいいと思います。その上で、医療機関としてのBCPを打ち立てるべきです。

―― 「診療拒否」に陥らないために、抗インフルエンザ薬やマスクなどの備蓄をどこまで進め、スタッフの確保と管理をどこまで準備するかなどについて、具体的に検証しておくということですか。

中野  今回は「弱毒型」ということでしたから、一部では「やりすぎ」と批判されることもありました。では「強毒型」が襲来したらどうするのか。被害の想定にあわせた準備を今から検討し直すべきだと思います。

■参考文献
もうひとつの新型インフルエンザ対策