昨年の4月30日は、早朝からあわただしかった。WHOマーガレット・チャン事務局長は、午前5時過ぎから緊急記者会見し、新型インフルエンザのパンデミック(世界的流行)の警戒水準をさらに一段階引き上げ、6段階のうちの「フェーズ5」にすると発表した。「世界は歴史上初めて最大限の備えを必要としている」。こう宣言したチャン事務局長は、備えの柱として2つを挙げた。それは抗インフルエンザ薬の増産、ワクチンの開発だった。

 「メキシコで豚インフルエンザ発生」の一報が世界を駆け巡ってから1週間。メキシコや米国からの感染者確認の報道が相次ぐ中、WHOがいつ警戒水準のフェーズを引き上げるのかに注目が集まっていた。

 まず動きがあったのは2009年4月25日。WHOは緊急委員会を開催し、メキシコや米国での異変は「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」であると発表した。当時は、新型インフルエンザのパンデミックの危険が差し迫っている段階である「フェーズ4」に引き上げるとみられていた。しかし、WHOは引き上げを見送った。

 この時点で、 (1)米カリフォルニア州、テキサス州で7人の豚インフルエンザの感染例が確認され、9件の疑い例が報告された、(2)メキシコでは、4月23日までに882件以上のインフルエンザに類似した感染例が疑われ、そのうち62人が死亡した、(3)メキシコの感染例のうち、18件についてはH1N1亜型の豚由来インフルエンザであることが確認され、そのうち12件については米カリフォルニア州のH1N1亜型インフルエンザと遺伝子的に同一だった、(4)このH1N1亜型由来豚インフルエンザは、これまで豚・ヒトともに検出されていない−−などが明らかになっていた。

 米国とメキシコの異変は、豚インフルエンザが原因であり、かつ、これまでに豚にもヒトにも検出されたことがないウイルスだったことが明らかになっていた。つまり、新型インフルエンザの発生を確認できたわけだ。加えて、動物由来ウイルスのヒトへの感染が見られる点、地理的に離れた場所でいくつかの地域にまたがって発生している点、通常のインフルエンザに比較的感染しにくい年齢層の感染が見られる点などから、WHOが定めるパンデミックの警戒水準であるフェーズは、「4」に相当すると考えられるものだった。

 しかし、WHOは「フェーズ4」を宣言しなかった。それは、米国とメキシコの2つの異変の質の違いに着目したからとみられている。同じウイルスが原因であるにも関わらず、米国では死亡例がゼロで、1例の入院があったほかは、ほとんどが軽症例だった。一方、メキシコは死亡例が多発していた。この違いは何を意味するのか。新たなナゾは、WHOのフェーズ引き上げを慎重にさせたに違いない。

WHOがフェーズ4宣言、2日後にはフェーズ5に

 WHOがフェーズ4を宣言したのは、2009年4月28日。「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」の宣言からわずか3日後のことだった。

 この間、新型インフルエンザの感染は、予想以上のスピードで拡大していた。「公衆の保健上の緊急事態」の発表後、翌26日から、カナダやニュージーランド、スペインなどから、新型インフルエンザの感染疑い例が相次いで報告された。米国でもカリフォルニア、テキサス以外の州に広がった。メキシコでは、確認された感染疑い例が日々増加していった。

 日本時間の4月30日午前5時過ぎ。WHOのマーガレット・チャン事務局長は緊急記者会見に臨み、新型インフルエンザのパンデミックの警戒水準をさらに一段階引き上げ、6段階のうちの「フェーズ5」にすると発表した。米国を訪れていたメキシコ在住の1歳11カ月の男児が死亡したほか、WHOが9カ国150人以上の感染を確認し、今後さらに「世界のすべての国に感染が拡大する懸念がある」(チャン事務局長)という理由からだった。

 チャン事務局長は「世界は歴史上初めて最大限の備えを必要としている」とも言及した。危機感の表れだった。さらに、抗ウイルス薬を製造している企業に対して増産を要請したほか、世界中の製薬企業に対しワクチンの開発を急ぐよう求めたと述べた。

 抗インフルエンザ薬については、CDCによってタミフルやリレンザが新型インフルエンザに効果があることが確認されていた。これは、今回の新型インフルエンザにおいて、人類にとっての最大の朗報であった。

 課題は、フェーズの定義が地域的な感染の広がりを示すだけだったという点だ。のちに、ウイルスの病原性を考慮したフェーズに見直すことになるが、これは病原性を考慮した公衆衛生的対応であるべきという議論があったからだ。

日本ではどのような対策が動き出したか

 一方の日本では、2009年4月27日午前に、政府が「豚インフルエンザ対策に関する関係閣僚会合」を開催し、「当面の政府対処方針」(表1)を決定した。初動は実行段階に移った。

 この段階で特筆すべきは、在外日本大使館の情報収集、情報提供だった。たとえば、在メキシコ日本国大使館を筆頭に、精力的に情報収集を行い、インターネットなどを利用して在外邦人らへの情報提供を展開した。在中国日本国大使館や在インドネシア日本大使館なども、感染確認地の情報を伝えるだけでなく、各国の対応についても情報提供に取り組んでいた。

 次回は、国内で最初の感染患者が確認されるまでの動きを、見直してみたいと思う。

表1 当面の政府対処方針豚インフルエンザ対策に関する関係閣僚会合(2009年4月27日)

 今回の豚インフルエンザのメキシコ及び米国における発生については、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態に該当する」との認識を示しており、わが国としても警戒を強化すべき事態であることから、政府としては、当面、次の措置を講ずる。他方、国内での発生は確認されていないことも踏まえ、国民各位に対しては、警戒を行いつつ、冷静な対応を行うようお願いする。
1.国際的な連携を密にし、メキシコ等における状況、WHOや諸外国の状況、ウイルスの特徴等に関する情報収集に最大限の努力を払い、国民に迅速かつ的確な情報提供を行う。
2.在外邦人に対し支援を行うこと及びウイルスの国内侵入をできる限り防止することを目的として、以下の水際対策を実施する。
(1)メキシコ等の在外邦人に対する情報提供を含む支援の強化
(2)検疫・入国審査の強化、空港における広報活動の強化
(3)メキシコ等から入国した感染者や感染したの恐れある人に対する適切な医療等の措置
3.ワクチンの製造について早急に検討する。
4.国内における患者の発生に備え、以下の対策を実施する。
(1)保健・医療分野を始めとする全ての関係者に対する的確な情報提供
(2)発熱相談センターと発熱外来の設置の準備
(3)国内サーベランスの強化
(4)電気・ガス・水道、食料品・生活必需品等の事業者に対する供給体制の確認や注意喚起