神戸市立医療センター中央病院の林三千雄氏

 先ごろ開催された日本感染症学会では、新型インフルエンザ対策の1年を振り返り、今後に生かそうとする報告が相次いだ。「発熱外来」も大きなテーマのひとつ。国内発生早期に発熱外来を開設し、押し寄せる患者の対応に当たった神戸からは、発熱外来が破綻寸前だったことが発表された。「神戸の教訓」を発信し続ける神戸市立医療センター中央病院の林三千雄氏(写真)は、今後へ向けて「新型インフルエンザ対策=発熱外来と考えるのは間違い」などと総括した。

――  国が2009年2月に改訂した行動計画をみると、発熱外来は、発生段階に応じて役割と形態が大きく変化することが分かります。国内発生早期(第2段階)に、主として感染症指定医療機関等に併設する発熱外来は、「新型インフルエンザの患者とそれ以外の患者を振り分けること」が目的とされていました。感染が疑われる患者は入院措置の対象となり、感染症指定医療機関等に入院し、検査や治療観察を受けることになります。神戸市立医療センター中央市民病院は実際に、いわゆる「封じ込め対策」の柱として位置づけられていた発熱外来を開設し、感染が疑われる患者の入院措置にも対応したわけです。

林  経緯を振り返ると、神戸市立医療センター中央病院に、国内発生第1例についての一報が届いたのは2009年5月15日の午後11時ごろでした。この2時間後には第1例、16日の午前3時には第2例、午前4時半には第3例の入院を受け入れました。その後も、感染疑い例が継続的に保健所から紹介されてきたこともあって、12時間後には発熱外来を立ち上げました。第一報が金曜日の午後11時の休み前であったにもかかわらず、発熱外来の開設までは極めて迅速に対応できたと言えます。

――  先生のところでは、かなり早い段階から新型インフルエンザ対策に取り組んでいたとうかがっています。その準備が生きたといことですか。

林  もちろん対策のためのマニュアルを作り、新型インフルエンザ発生前には訓練をし、発生後すぐに発熱外来の建設やシミュレーションを実施するなど、周到に準備をしてきたつもりです。休日中の第一報から12時間で発熱外来を立ち上げられたのはその成果と思います。しかし、想定していたものと現実の間には、相当のギャップがあったのも事実です。

――  先生は昨年の7月の段階で、神戸の初期対応を振り返った文章を発表しています。その中で「約2週間で医療従事者が消耗してしまった」と記しています。

林  当時の神戸市立医療センター中央病院の新型対策は、24時間、夜間も休日も、成人も小児も文字通り24時間完全対応の発熱外来と隔離入院を実施しました。運営のために、50人の医師、70人の看護師を投入していました。もちろん選任の医療従事者がいるわけではありませんし、新型インフルエンザ以外の通常の業務(外来、救急、病棟)も同時にこなしていましたので、体力的にも精神的にも2週間が精一杯という状況でした。

――  データを見ますと、同センターの発熱外来には、開設直後の5月16日に48人、17日に57人、18日には78人が受診していました。

林  いったん国内発生が報じられると、発熱外来の患者さんは短時間で急激に増加しました。神戸市全体では、5月21日に446件でピークとなっていました(図1)。当時、発熱外来を設置していたのは、神戸市立医療センター中央市民病院、西神戸医療センター、神戸市立医療センター西市民病院のほか、6つの協力病院でした。5月20日からは、医師会も診療に参加していただけました。こうした地域全体での新型インフルエンザ診療が実現できたことで、「発熱外来は、なんとかぎりぎり乗り切れた」というのが実感です。

図1  発熱外来の受診者数の推移(神戸市)

――  当時は、N95マスクなどの重装備での診療でした。発熱外来と同時に通常業務も継続していたことを考えると、医療現場に相当の負荷がかかっていたのですね。

林  通常業務の人員配置で、新型インフルエンザ診療と通常業務を平行して実施するのは大変です。当時も3次救急は実施していましたから、24時間体制を二本立てで運営するのはかなりの負担です。

――  そもそも新型インフルエンザに対応するための医療体制は、大きく3つの機能に分かれていました。発熱相談センターと発熱外来、そして入院医療機関です。

林  発熱相談センターの役割は明確になったと思います。神戸市の発熱相談センターの指導内容をみると、発生早期には、自宅療養が20%、一般医療機関への受診推奨が40%、発熱外来への誘導が8%でした。発熱相談センターが患者の振り分けに取り組み、8%にまで絞り込んでくれたからこそ、発熱外来が維持できたと言えるのです。

――  先生は、その発熱相談センターは「2、3日で破綻してしまった」と指摘しています。

林  同時に発熱外来の問題点も明らかになりました。神戸市の発熱相談センターの相談件数をみると、5月16日に588件、19日には2678件とピークに達していました。最大回線数は15回線を整え、35人3交替制で対応していたのですが、相談件数がそれを上回り、2時間以上も「電話がつながらない事態」となったのです。結局、相談できなかった患者さんが直接、発熱外来を受診するという事態に至ったのです。発生早期のまとめでは、直接受診した患者は、20〜25%に上っていました。

――  一方の入院については、準備できた病床は「48時間で破綻した」と結論しています。

林  国内発生の第一報が届いてから20時間後に、感染症指定病床(10床)は埋まってしまった。24時間後には、感染症病棟の病床(8床)も満床となりました。36時間後には、感染症病棟や休眠病床の計44床が満床に達してしまったのです(図2)。

図2 国内発生早期の入院措置患者の推移(神戸市立医療センター中央市民病院)

――  想定以上に感染患者が集中したということでしょうか。

林  今回私たちは「いったん、国内発生すれば外来も入院も急速に患者が増加する」ということを経験しました。準備可能な病床が埋まってしまう危険性が目前に迫ったため、われわれ医療現場から保健所へ出向き、厚生労働省の確認も取り付けた上で、国内発生の第一報から48時間後には「軽症者は自宅療養へ」と対応を変換しました。

――  先生は「やむなく軽症者は自宅療養へ」と切り替えたと表現されています。その真意は?

林  われわれが対応できる病床がすべて埋まってしまったことから、軽症者は入院措置から自宅療養へと対応を切り替えざるを得なかったからです。この現実を厚生労働省に理解してもらうことは、実は大変なことでした。

――  入院措置となった患者さんのほとんどが軽症であった上に、ウイルスの病原性がそれほど強くはないという情報が積み重なってきていました。それなのに、このまま入院措置を続けることが必要なのか、現場はゆれ続けたとうかがっています。

林  いつまで続けるのか先が見えないことの不安が大きかったと思います。また、すでに入院病床が確保できない状況なのに患者さんが続々と発熱外来に来る。行き場を失った感染者はどうしたらよいのでしょうか?

――  そういう現実を厚生労働省に伝えたということですか。

林  保健所を介して、「軽症者は自宅療養へ」と切り替えることを認めて欲しいと訴えました。最初は2時間ぐらいで認めてもらえると思っていたのですが、結論が出たのは、私が保健所に出向いてから6時間後のことでした。

――  政策決定機関が現場の状況を把握し、方針転換の結論を出すまでに6時間もかかったということですか。

林  具体的にどこでどれくらい時間を消費したかは知りません。が、政策決定に携わる責任ある人が、現地に赴いて、現場を直視し、指揮するという基本的なプロセスが、今回はまったく見当たりませんでした。それに比べて国立感染症研究所のFETPは迅速に現場に入り、疫学情報を収集していましたので、われわれは診療に専念することができて本当に助かりました。

――  対策のヘッドクォーターと言える対策チームが現場にメンバーを派遣し、現実を見据え、現行の対策と照らし合わせて、修正すべき対策は修正するという基本的なシステムが機能していなかったことになります。また、政府としての危機管理に問題がなかったのかどうかは、詳細に検証していくべきだと思っています。今のご指摘は、検証の大きなテーマの1つになると思います。

林  国全体として新型インフルエンザに立ち向かっていたはずなのですが、われわれ現場はどんどん孤立していくような感覚を持ちました。

――  先生は、発熱外来も破綻寸前だったと振り返っています。

林  発熱外来については、「最初の1週間は発熱相談センターのトリアージ機能に守られ、後半の1週間は患者の減少に助けられた」という印象です。患者が減少しなかったら、感染者は診療を受けられない、あるいは受けるのに何時間もかかることになり、パニック的行動に出た可能性が高いのです。

――  幸運だったに過ぎないということですか。国内発生早期での発熱外来を経験されたわけですが、今は、その意義をどのように感じていますか。

林  5月16日から2週間に、われわれのセンターあるいは西神戸医療センターの発熱外来を受診した815人をみると、新型インフルエンザと診断されたのは9.5%に過ぎませんでした。季節性インフルエンザのA型が11%、B型が0.5%で、大半が新型インフルエンザではなかったのです。つまり、国内発生早期での発熱外来は、その目標である新型インフルエンザの患者さんをそうでない患者さんと分離するということがあまりうまくできなかった。にもかかわらず、このシステムの維持には大きな犠牲を払うものであったということです。

――  先生は発熱外来の負の部分も指摘されています。

林  髄膜炎など死亡率の高い患者さんであっても、発熱というだけで一般外来を受診できず、発熱外来へ運び込まれてくることがありました。われわれが経験したケースは幸いにも髄膜炎ではなかったのですが、髄膜炎であれば手遅れで、重い後遺症が現れたり、死亡していたかもしれません。髄膜炎の患者さんは、新型インフルエンザの重症例と事前に見分けるのは困難だと思います。それをすべて発熱相談、発熱外来を通していたら、通常は助かる人が助からなくなる。特殊な診療体制をとるということは何かをとって、かつ何かを捨てているということです。

――  結局のところ、発生初期の発熱外来は必要がなかった、と。

林  結果としては、今回の新型インフルエンザに発熱外来は必要なかったでしょう。しかしあの当時、発熱外来が不要だと判断できたかどうかは分からない。ただ検疫にしろ、発熱外来にせよ、全員入院にせよ、現状にあわなくなっているのに対応が変更されないことが一番の問題だと思います。ある程度の確からしさで病原性の方向性が確認できた段階で、柔軟に対応するというオプションを用意しておくことが肝心だと思います。

――  先生は、初期対応からまん延期の対応への移行がなかなかうまく進まない点も課題に挙げていました。

林  初期対応からまん延期の対応への移行がスムーズに進まないことは、身をもって体験しました。行政側は、まん延期であることをなかなか認めたがらないのです。だれにその権限と責任があるのか、はっきりさせるべきでしょう。また、財政負担が増えることや風評被害の発生を回避したいなど、医学的な内容と別の観点がこの判断に影響してくることも経験しました。この移行をスムーズに行う仕組みについては、改めて検討すべきだと思います。

――  当時を振り返ると、水際作戦が強調されすぎていた感があります。海外渡航歴に目が奪われがちで、渡航歴のない患者の国内発生は、いわば想定外でした。

林  検疫は、発生初期に行われた政策の中でもっとも不適切なものであったと思います。潜伏期間の間は停留させないと検疫の効果はない。そのためには渡航制限を行う必要がある。海外との関係や経済面を考えて渡航制限などは行わないのに、検疫や医療現場には厳重な対策を強要するのはいかがなものか。新型インフルエンザ対策は、社会全体でバランス良く行われるべきではないのかと思います。