松山記念病院 ICD 山内勇人氏

 フェーズに応じたきめ細かい対策を、いかにして実践するかが大きな課題――。季節性インフルエンザの院内感染を制御するために、Infection Control Doctor(ICD)である山内勇人氏(写真)は、愛媛県松山市の道後温泉病院で2002年度からマスクを中心とした対策をとってきた。さらに現在勤務している松山記念病院において、フェーズ別の対策基準を定め、病院が一丸となって効率的な対応に取り組んできた。新型インフルエンザに対しても、この考え方を応用。「流行状況や病原性に応じた適切な対策を、過不足なく実施する」という戦いを、地域と一体になって展開してきた。

写真 マスク対策を訴えるために考案されたキャラクター

―― 先生のところでは2002年から、季節性インフルエンザに対して、病院内でマスクを中心とした対策をとっていました。同時に、地域にも働きかけてこられたのですよね。

山内 キャラクター(写真1)を生み出したり、ポスターを張り出したり、キャンペーンソング(「咳でる時のマナーぞなぁ」)を作ったりしながら、咳エチケットの必要性を訴えてきました。また、県薬剤師会と共同で、調剤薬局での教育啓発活動やマスクの販売促進にも取り組んできました。

―― 先生は以前、「新型インフルエンザ対策のためには地元の一人ひとりの力を結集する必要がある。地域力を高めるためにも、まずは季節性インフルエンザに対して、地元住民も巻き込んだ対策に取り組みたい」と話していました。新型が発生してからは、実際はいかがでしたか。

山内 これまでの取り組みが活きたと思っています。季節性インフルエンザにおいては、自らの施設を感染から守るためには、地域、特に学校での感染制御が重要であることが分かっていました。そのために取り組んできた地域住民への教育啓発活動は、お蔭様で、愛媛大学医学部公衆衛生学教室や松山市保健所、松山医師会などの理解もあって、私たちの期待以上に広がっていったと感じています。咳エチケット、特にマスク着用による予防対策などは、病院のノウハウが学校へ導入され、学校から地域へと広がっていきました。

 新型インフルエンザが発生してから、松山市教育委員会や松山市養護主任会、松山市小中学校PTA連合会などとの連携がスムーズにいきました。市内18校で教員やPTA対象に講演することができましたし、松山市養護主任会でも講演し、みんなで対策に取り組んでいくという「共助の考え」を訴えることができました。

―― 感染症の歴史を紐解くと、必ずといっていいほど、差別や不合理な非難、誹謗中傷などがあったように思います。人々の心の中にある「排除の理論」がうずくからでしょうが、そこに「共助」を求めるのは大変だったのではないでしょうか。

山内 咳エチケットは、他人に対する「思いやり」あるいは「やさしさ」があってはじめてできることです。もちろん自助も大事です。しかし、自分を守るためには周りの人も守らないといけないのです。季節性インフルエンザ対策での積み重ねがあったからだと思いますが、新型でも、「共助の考え」は比較的すんなりと受け入れてもらえたと思います。

―― 具体的な対策としてはいかがですか。

山内 発熱サーベイランスと有症者のトリアージシステムは、近隣の学校で取り組んでいただけました。体調チェックシートでは、体温だけでなく感冒症状も項目に加えてもらいました。それから、家族の状況も得られるように工夫してもらいました。有症者については、教室に行く前に、保健室を経由してもらいました。そこで再度検温し問診を受け、「経過を看るべき場合」と「帰宅させるべき場合」を判断するようにしたのです。

 状況に応じて検温の対象者を広げ、回数を増やすなどの工夫もしました。自己申告を過信しないために、スポーツやイベントなどの参加者の検温は事前にチェックしました。週末に大会や遠征に参加した場合は、症状の有無にかかわらずマスクをして登校し、保健室で検温と問診後に教室に入る、などの対応もとりました。

―― 病院の感染制御のノウハウを学校保健でも応用できたわけですか。

山内 標準予防策に飛沫予防策を追加したことも大きかったと思います。まず、これまで学校保健で取り組んできた「手洗い、うがい、栄養、睡眠、身の清潔」の徹底をお願いしました。その上で、飛沫感染予防策、つまり咳エチケットの教育、啓発を行ったのです。特に、有症者のマスク着用は、徹底してもらいました。加えて、流行時の対面給食を中止するなどの対策もとってもらいました。

 咳が出そうになったときの「肘ブロック」も提案しました。咳を覆ったり鼻をかんだ後の手指衛にも取り組んでもらいました。

 状況に応じ、全員がマスクを着用することも導入しました。症状の有無にかかわらず全員がマスクを着用するものです。流行している集団内においては、本人の自覚がなくても、すでに感染力のある人が含まれている可能性があり、症状の有無に関わらず全員がマスクを着用することは「究極の咳エチケット」となります。「かかるのはお互い様。かかったときはうつさない、広げないに徹する」を実行してもらったのです。

―― 病院で実施しているフェーズ別対策を学校にも応用したそうですが。

山内 病院では季節性インフルエンザ対策の一環として、インフルエンザ感染対策基準を作成しています。5段階のフェーズからなる警報レベルを定め、それぞれのフェーズごとに実施すべき対策を予め決めておくものです。これを学校用に応用してもらったのです(表1)。

表1 小学校インフル警報(段階別インフルエンザ小学校感染対策基準)案

―― フェーズ別の対策をもう少し詳しく説明してください。

山内 当院では、季節性インフルエンザの対策として独自のフェーズを定め、地域や院内での患者発生状況に応じて、段階的に予め対策を立てています。症候サーベイランスを実施し、その情報に基づき、感染症の先手をとり、状況が悪化するのを防ぐための対策を効率的に実行するようにしていました。

 たとえば、フェーズは発生状況に応じて5段階に分けています。その上で、フェーズごとに、外来トリアージや予防的マスクの実施、飛沫予防策、作業療法などの共有空間の使用制限などを定めておいたのです。2006年に作成し、以後、3回の改訂を経て今回に至っています。

―― この季節性のフェーズ別対策をもとにして、新型対策を検討したのですね。

山内 新型においては、その発生前に「松山警報レベル別新型対策」(表2)を仮設定していました。WHOのパンデミックフェーズの警報レベル、あるいは日本の対策行動計画は、世界あるいは日本全体の視点では意味のあるものですが、われわれの病院の医療圏にそのまま当てはめるわけにはいかなかったからです。自院を中心とした地域でどのような対策をとらなければならないかは、この地域の警報レベルに沿ったものが必要だったのです。

―― 表2をみると、新型インフルエンザの発生している国や地域との地理的な距離、あるいは交通の近さによって、それぞれの地域での危険性やあるいは緊急性が異なるという考え方に立っています。

山内 松山市を中心とし、「海外か、国内か」「限局的か、流行か」の違いに加え、愛媛県との地理的・交通的距離を考慮した要素を加えて、10段階のフェーズを設定しました。それぞれのフェーズに沿った病院内感染対策を策定したのです。それも、ウイルスの病原性に応じて、「強い病原性、もしくは分からない場合」と「弱い病原性の場合」の2種類を策定していました。

 発生初期は、ウイルスの病原性が明らかではありませんでしたから、5月1日から「強い病原性、もしくは分からない場合」の警報レベル別の対策を実施しました。5月16日の国内発生を機に、警報レベル6として、病院入口の一元化と院内に出入りする全員に対するトリアージを強化しました。

 病原性がある程度明らかになって、5月21日に日本の新型インフルエンザの行動計画が更新された後は、「弱い病原性の場合」に警報レベル別対策に切り替えています(表2)。さらに6月19日からは、季節性インフルエンザフェーズに変更し対策を継続してきました。

―― 重症度に応じて柔軟に対応するということに、自立的に、自発的に取り組んでこられたわけですね。

山内 まずは当院用に設定したものですが、地域の医療機関の対策にも応用してもらえればと思って作成したものです。しかし、その矢先に新型が発生してしまったのです。次に向けて、再度、地域の対策として提案していこうと思っています。

表2 地域警報レベル別新型インフルエンザ対策(弱い病原性の場合)案(感染対策ICTジャーナル Vol.4 Suppl.1 2009)

―― 地域ぐるみの対策の効果の面は、いかがだったのでしょうか。

山内 松山市保健所が管轄する地域では、流行の立ち上がりを遅らせ、かつピークを抑えることができたようです(図1)。地域ぐるみの対策の成果といっていいのではないでしょうか。学校については、愛媛県の主要都市の児童生徒のインフルエンザ罹患状況をみると、松山市は小学校、中学校とも県全体を下回っていました(図2)。

図1 松山市保健所管轄におけるインフルエンザ患者の定点報告数の推移

図2 愛媛県下主要都市の児童生徒におけるインフルエンザ罹患状況(2009年度第2学期末まで)

―― 最後に教訓を挙げていただけませんか。

山内 年末年始にかけて、院内感染が発生したということでしょうか。幸い、いずれも単発で済みました。743床、15病棟のうち、患者の発生した2病棟で、他の全員の患者、医療スタッフに予防投与を行いました。単発で済んだのは、投与量は治療量を用いていますが、これが功を奏したのだろうと思っています。

―― WHOも予防投与をせざるを得ないときは、治療量を用いることを勧めています。ウイルスの耐性化を防ぐことが主眼です。

山内 精神科という特殊性から、感染者がひとり出るだけで一挙に院内に広がってしまう危険性があります。新型では感染力が強いこともあり、今期は積極的に予防投与を実施しました。治療量としたのは、もちろん耐性ウイルスの問題があったからです。

―― ICDの役割は、一医療機関に留まらないことがよく分かりました。

山内 私にできることは限られています。新型インフルエンザ対策のためには、地元の一人ひとりの力を結集する必要があります。これからも「地域の財産」を生かして、感染に対する地域力を高めていくことに貢献していきたいと思います。