北里大学医学部衛生学公衆衛生学講師の和田耕治氏

 新型インフルエンザA(H1N1)2009の流行に対して、検疫での感染者の特定、健康監視、学校閉鎖、感染予防策の教育、ワクチン接種など様々な公衆衛生対応が実行された。こうした対応についての「評価」を求める声も高まっており、今後へ向けた教訓を得るためにも様々な議論を交わすことが望ましい。北里大学医学部衛生学公衆衛生学講師の和田耕治氏(写真)に、まず「パンデミックの教訓」を考えるための道筋を示してもらった。


エビデンスに基づく医療と公衆衛生の違い

 公衆衛生対応とその意思決定に対して批判的なコメントを見る中で、エビデンスに基づく公衆衛生(Evidence Based Public Health、以下EBPH)の特徴や限界を知ることで、より方向性の定まった議論ができると考えた。そこで、今回と次回の2回に分けてEBPHの特徴や意思決定についての基礎知識を紹介したい。第1回の今回は主にEBPHとエビデンスに基づく医療(Evidence Based Medicine、以下、EBM)の違いに着目した。

 EBMとEBPHの異なる点を表1に示した。

 EBMでは、無作為化比較対象試験(RCT)に代表されるように科学的にもエビデンスとして強いデザインで研究が多く行われるようになった。一方でEBPHでは、取り組まれている研究のデザインの多くが横断研究や時系列分析などによるため、エビデンスとしてはやや弱いものが多くならざるを得ない。また、ある地域で公衆衛生施策を行ったことを評価する際にも、施策を行っていない地域との比較において、様々な要因が異なるなどの理由から多くは困難を伴い、対照群が設定できないことも多い。

 意思決定のあり方も異なっている。治療方針の決定は、ほとんどの場合、主治医が個人としてエビデンスを元に患者と相談しながら行うが、公衆衛生施策の決定では様々な見解をもった構成員からなるチームによって行われる。

 このようにEBMとEBPHには様々な違いがあるが、EBPHの実践は、EBMの実践とそれほど大きく異なるわけではない。課題に対してその時に得られる最良のエビデンスを収集し、地域のデータなどを活用し、施策の実施計画を立て、地域の人を実施に関する意思決定に参加させ、実施する。さらに、評価を行い、そこからの教訓を次にフィードバックする。

 批判的吟味(critical appraisal)もエビデンスを収集した後に行われるが、EBMで行う批判的吟味よりも、公衆衛生では幅広い視点から公平性やコスト当たりの有効性、経済的に実行可能かどうかといったことも含めて考える必要がある。

公衆衛生施策のためのエビデンスの種類

 公衆衛生施策の実施を検討する際に得られているエビデンスに批判的な吟味を加えると、前述したように研究デザインの特性から「十分なエビデンスがない」と判断せざるを得ないことが少なくない。一方で、エビデンスが十分でないから施策を行わないということや、あるいは、エビデンスが「十分」に得られてから施策を行うということは対策の遅れにもつながるため好ましくない。それゆえ、そのときに得られる最新のエビデンスを収集し、最良の決定を行うことになるが、同時に、さらに継続してエビデンスを収集しながら検討を重ねる必要がある。

 公衆衛生施策のエビデンスは大きく2種類に分けられる(表2参照)。

 第1種のエビデンスは、リスクと疾病との関連性の強さである。しかし、多くの場合、リスクと疾病との因果関係については「絶対的な確実性」と言えるものはあまりなく、また複合的に様々な要因が組み合わされている。それでも、どの程度のリスクが影響しているのか、そのリスクへの対策をどの程度優先すべきかを検討する。

 第2種のエビデンスは、あるリスクに対する介入の効果の比較に関するものである。当然ながら、介入は多くの場合1つではなく様々な方策が考えられる。しかし、効果的なものを優先して行うことが求められる。それぞれにおいて、最終的な効果としてどれが最も効果的かについてエビデンスをもとに「これをしなければならない」という施策を選択し、限られた予算や人的資源の投入を決める。

 次回は、この第2種のエビデンスを元にどのようにガイドライン作りや意思決定を行うかについて紹介したい。

■参考文献
(1) Brownson Rら(著),矢野栄二,高木二郎(訳).EBM公衆衛生,篠原出版新社,2003
(2) Gray M(著)津谷喜一郎、高原亮治(訳).エビデンスに基づくヘルスケア,エルゼビアジャパン,2005
(3) Spasoff R(著) 上畑 鉄之丞ら(訳).根拠に基づく健康政策の進め方,政策疫学の理論と実際,医学書院,2003