SARS流行中の現地紙に載った記事の1例 「白衣の戦士に敬意を!」(健康報 2003年4月29日)

 2月16日付当サイトには、流行初期の神戸市立医療センターにおける医療関係者の「疎外感」についての報告が紹介されている(日本環境感染学会の報告)。(1)モチベーションの維持、(2)患者対応や看護が十分にできないことへのジレンマ、(3)今後も対応しなければならないというストレス、の3点が挙げられている。

 ここでは(1)と(3)に注目しよう。押し寄せる受診者と圧倒される業務量、そして、この状況がいつまで続くか出口の見えないトンネルの中でストレスは無限に拡大してゆく。

 2003年SARS流行に見舞われた北京の対応にヒントがありそうだ。SARS流行では現実に医療従事者の感染死が相次ぎ、また、医療従事者は病院借り上げ宿舎の滞在を強いられ帰宅もできないというストレス状況に置かれた。そのような中、中国政府や中国マスコミは現場のモチベーションを上げるべく様々な工夫を行った。

 SARS流行中の現地紙(人民日報、青年報、健康報、北京晨報、北京日報、光明日報など)をめくると、医療現場に党の要人が激励に訪れたり、派遣された慰問団が芸を披露したり、はたまた激励の賞品が届いたりという記事が華やかに並んだ。そして、SARS医療の一線に立つスタッフに対し「白衣の戦士に敬意を!」「こどもと会えない。でもくじけない」等々、勇気を讃え犠牲に報いる大きな記事が彩った(表1)。これら、政府や党、マスコミによる大賞賛によりかろうじて支えられた現場のモチベーションは大きかった。

 筆者は帰国後の2年ほど前から、マスコミ対象の調査など行うかたわら、様々な関係者に呼び掛けてきた。実際、今回のパンデミックにあたり、新型インフルエンザ対策に当たる関係者が汗を流し奮闘する様子をしっかり好意的に伝える記事は新聞各紙で確かに目にしたし、その点、SARSの頃に比べ日本のマスコミ各社に進歩のあとが見られる。ただ、それらの記事も、対象が有名どころに片寄る傾向もあり、一般病院や開業医など含め、より裾野を広く取り上げると良いだろう。将来の「感染症X」流行に向けて検討いただければと思う。

 さて、ここで提言したいのが「政府による大規模な表彰」だ。前述のように、感染症の大規模な流行下、頑張り抜く医療現場に対し、中国政府・党は視察・激励・慰問団の派遣・贈答・表彰など、可能な限りの方法で報いてモチベーションを支えた。他方、今回のパンデミックにあたり、わが国政府が現場に名誉を与え、讃えるメッセージを出した記憶がない。印象に残るのは、やれ10ミリバイアルで使い切れぬワクチンをだれそれに注射しただの、どこそこの開業医が喘息の孫に注射しただのと記者クラブ経由で情報を流している姿だ。

 汗を流し努力する人々に賞賛を贈らず、重箱の隅をつつくというのは、人を動かす技術としては極めて拙劣である。この点、日本厚労省より中国衛生部の方が一日の長、いや、10年の長ぐらいあると言わざるを得ないし、民主・自民両党とも、中国共産党に大きく水を明けられていると言われても仕方ないであろう。

 今からでも遅くない。「鳩山一郎」名の―いや、厚労省限りでできる「長妻昭」名でも良い―の表彰状を大量に印刷して、新型インフルエンザ患者を診察した全医療機関に配るのだ。「谷垣禎一」名だって喜ぶ人は喜ぶ。そうして各層が現場の努力を讃えることが「頑張ってくれてありがとう。次の感染症Xのときにもよろしく」という強いメッセージになるのだ。政府の、政治の、関係各位の真摯な検討を望む。

表1 SARS流行中の中国現地紙の記事

■参考情報
・日本環境感染症学会から
国内発生初期の対応で「私たちは強い疎外感を感じた」

近畿医療福祉大学 勝田吉彰氏


 過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(近畿医療福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。最近はツイッター(http://twitter.com/tabibito12)でも情報発信に取り組んでいる。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。