新型インフルエンザの流行が始まった当初、世間は激烈な心理社会的反応を示した。感染者の発生した学校には脅迫まがいの電話が殺到し、「校長涙の会見」シーンは全国の同情を集めた。自分の学校の制服を着て街に出れない高校生が発生した。薬局の前ではマスク争奪戦が繰り広げられた。「医学的弱毒性 心理的強毒性」ともいうべき状況が生まれてしまった理由は何なのか。

 あれから9カ月、世間はいくぶん落ち着きを取り戻したものの、心理的毒性はまだ弱毒化していない。会社では、だれが感染者か“犯人さがし”が行われているという悩みをいただいたりする。今後、遺伝子変化だタミフル耐性化だということが起これば――実際それは起こりかけていて、海外報道はやれD225G/N変異だ、やれH274Y変異だと結構かまびすしい――またまた心理的劇毒化だろう。

 なぜこういうことになるのか。人が「不安」を抱いたとき、その対処法には4通りある(表1)。そのうち、“他者を否定する対処法”が曲者だ。言語習慣異なり意思の通じない人間や正体不明の疫病に接したとき、特定人物や集団を批難したり差別したりして自分の不安を緩和する・・・ということを、洋の東西を問わずやってきた。先住民族迫害、ハンセン氏病差別、HIV差別etc・・・。要領のよく分からない“新型インフルエンザ”に直面していつものパターンが出てきたとも言える。だから、「自分が学校のお友達や会社のだれかやご近所さんの陰口をたたきたくなったら、それは自分が不安なだけじゃないかな? ちょっと胸に手を当てて考えてみようよ」とサジェスチョンしてあげるだけでも、周囲の雰囲気が良くなるかもしれない。

 もうひとつ注意が必要なのが「否認」の心理機制。これは、自分にとって受け容れがたい事態に遭遇したとき、それを“なかったこと”として心から排除しようとする心の動きだ。たとえば、末期癌と余命の宣告を受けたとき、多くの場合、最初の反応は「私に限ってそんなはずはない。何かの間違いだろう」というものだ。もちろん、死亡率がコンマ以下の新型インフルエンザでは癌とは大きく事情が異なるが、その罹患によって社会的不利、社内的不利を受けるような条件があれば、「社内で噂のターゲットになる」「派遣のポストが危険にさらされる」「白い目で見られたら」・・・とこの心の動きが始まる。「まさか自分に限ってインフルエンザなんて」と。結果はポーカーフェースを装った無理な出社といったところだろう。だから、こういう社会的不利を被ることが絶対にないよう配慮しなければならない。

 ここのところ盛り返し始めた流行、年齢層は初期より高めな大人の世界に移行しつつあるようだ。これからは校内もさることながら「社内的不利」に取り組まねばならないかもしれない。産業医活動をされている皆さまの発言に期待するところがますます大きくなる。

表1 「不安」に抗するパターン

パターン1 自分を肯定・守る 縁起かつぎ・ジンクスなど
パターン2 他者を肯定・守る バディ君に絵葉書送ろう伝説(癌患者の少年に絵葉書を送ると良くなるという流言により、多数の絵葉書が集まった。病気への不安の反映とされている)
パターン3 他者を否定 他者を否定・批難し自己を守る。人種・民族・患者 差別流言等
パターン4 自分を否定 不安を恐怖として明示・誇張

近畿医療福祉大学の勝田吉彰氏


 過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(近畿医療福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログ「新型インフルエンザ・ウォッチング日記」を立ち上げ、日々情報を発信し続けている。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。