新型インフルエンザワクチン。世界の各地で、これほど侃侃諤諤なものも珍しい。2010年にはいると、海外製ワクチンも入ってくる。これまで世界の中では比較的落ち着いていた日本国内でも百家争鳴状態が始まるかもしれない。まずは基本をおさらいしておこう。

 国産ワクチンは、ウイルスを有精卵で培養して不活化したスプリットワクチンで、アジュバント(免疫賦活剤)が添加されず、製造法も旧来のものだ。この方法で製造できる量は限られ全国民分をまかなうには至らないが、今にして思えば、(“嫌ワクチンムード”吹き荒れる欧米加に比べ相対的に)日本のワクチン接種が整然と進んだのはこの“旧態依然ぶり”が寄与するところ大だったという皮肉なことにもなっている。一部識者による“水みたいなワクチン”なる揶揄も、むしろ安心感につながったふしさえある。

 さて、海外製ワクチン。グラクソスミスクライン社製とノバルティス社製の2種類だが、いずれもアジュバント入りだ。これを添加すれば原料が4分の1で済む(同じ原料で4倍製造できる)という、本来すぐれものだ。が、使用実績が少ないこともあり、何かと冷たい視線を浴びがちで欧米加で“嫌ワクチンムード”の原因の1つともなっている。

 ドイツでは、一般用にアジュバント入りを用意する一方で、メルケル首相以下閣僚用にアジュバント非添加ワクチンをわざわざ米国から輸入していた。それがバレて大騒動、“嫌ワクチンムード”の火に油を注いだ。

 ノバルティス社製は有精卵のかわりに犬腎臓細胞を用いるハイテクも使われている(細胞培養法)。

 いずれも、執筆時点においては従来の季節性ワクチンに比べて特に重篤な副作用が報告されているわけではない。が、新型インフルエンザという病気自体、科学的データとは別に“情緒”の部分が人々の行動に大きな影響を及ぼすという性質を持つ。筆者はこれを「医学的弱毒性、心理的強毒性」と呼んできた。

 ワクチンについても同様だ。「34年前の豚インフルエンザワクチンでギランバレー症候群の副作用が生じたトラウマ」や「湾岸戦争症候群と炭疽菌ワクチンのうわさ」といった過去の亡霊のようなものが出てきて、上記のアジュバントとも結びつき、開発期間の短さも加わって“嫌ワクチンムード”が欧米加では醸し出されている。

 こういうムードも一緒にくっついて入ってくるかもしれないことも想定に入れ、しっかり対応してゆきたい。王道はない。こまめな情報提供と丁寧な説明を心がけてゆこう。


 過去のパンデミック時と今回の大きな違いの1つは、インターネットによる情報提供が力を発揮していることだろう。2003年のSARSの流行時に、北京で日本大使館医務官だった勝田吉彰氏(近畿医療福祉大学)は、「ちぎっては投げ方式でこまめに情報提供をすることで、現地の日本人社会の不安を和らげた」と振り返る。新型インフルエンザが騒がれるようになってからは、このときの経験を元にブログを立ち上げ、日々情報を発信し続けている。勝田氏に「今、忘れてはならないこと」を綴っていただく(「パンデミックに挑む」編集)。