「市民に迷惑をかけているのが分からないのか」「生徒を外に出すな、うつったらどうしてくれるんだ」「校長が頭を下げるだけですまない」。これらは、新型インフルエンザの集団発生が国内で初めて確認された大阪府の中学、高校に浴びせられた心ない声の一部だ。国立感染症研究所の疫学調査チームは9月28日、大阪府における新型インフルエンザ集団発生事例疫学調査の報告書をまとめた。その中で、調査チームが深くかかわった課題の1つとして「誹謗中傷・風評被害」も取り上げている。新型インフルエンザ感染者に対する誹謗中傷・風評被害を防ぐにはどうしたらよいのか――。

 大阪府で日本で最初の新型インフルエンザの発生報告があったのが5月16日。疫学調査チームは、翌17日から現地での調査に当たった。そこではチーム自らも、症例発生が明らかとなった直後の1週間は特に、様々な混乱の中に飲み込まれていった。主たる任務である積極的疫学調査を遂行しながら、「M市立病院職員新型インフルエンザ発生」「発熱相談センター」「誹謗中傷・風評被害」などの問題にも深く関わるようになる。ここでは、「誹謗中傷・風評被害」の報告書を取り上げ、実態と検証、今後の再発防止について紹介したい。
  
 まず実態だが、報告書では被害にあった中学、高校、小学校から寄せられた情報を集約している。たとえば、学校に対しては、「市民に迷惑をかけているのが分からないのか。出て行け」「重大な過失だ」「対応が遅い」など、電話による中傷、苦情があった(表1、2)。また、「学校の生徒に近づくとウイルスがうつるぞ」などというインターネット上の掲示板への書き込みなど、根拠のない誹謗中傷も認められたという。

 個人が直接受けた中傷、風評被害もあった。たとえば、「制服を着ていると攻撃を受けそうで怖い」「タクシーでA中学校・高等学校にというと乗車拒否された」などだ。残念ながら医療機関においても、「学校・高等学校生徒の家族というだけで健康体なのに眼科に来るなといわれた」「治癒証明書を貰いに行くだけで病院内に入れてもらえず、生徒本人は外で待たされた」などの実態が確認されている。

表1.A中学校・高等学校に関する苦情、誹謗中傷、風評被害一覧(報告書から抜粋)

[学校への電話によるもの]
・茨木市民に迷惑をかけているのが分からないのか。出て行け
・最善の策は取ったのか A中学校・高等学校生徒を外に出すな、うつったらどうしてくれるんだ
・インフルエンザの生徒が出た時になんで新型ウイルスと判断できなかったのか。対応が遅い
・連休前後に生徒・保護者・教職員の海外渡航者を確認していたのか
・今回の件で京都に住んでいる生徒もいるのに何故京都には伝えていないのか。重大な過失だ。校長が頭を下げるだけですまない
・A高校の名前をどうして公表しないのか
・保菌者の人数を国と一緒に隠蔽しようとしているのか
[生徒ら、個人およびその関係者に対して]
・制服をクリーニングに出したらA中学校? と嫌な対応をうけた
・近所でA中学校・高等学校生徒(家族)というだけでウイルスがうつるように思われる
・制服を着ていると攻撃を受けそうで怖い
・タクシーでA中学校・高等学校にというと乗車拒否された
・A中学校・高等学校生徒というだけで殺人者扱いされる
[医療機関]
・A中学校・高等学校生徒の家族というだけで健康体なのに眼科に来るなといわれた
・A中学校・高等学校生徒の家族というだけでいつもの検診時間を短縮された
・治癒証明書を貰いに行くだけで病院内に入れてもらえず、生徒本人は外で待たされた
[保護者の勤務先]
・症状の出ていない濃厚接触者(A中学校・高等学校生徒)の保護者(家族)が出社停止を命ぜられた
・仕事を休まなければならなくなったが保障してくれるのか
・生徒本人のクラスに新型出てますか。出ていなければ会社にいけるので、クラスの状況を知らせて欲しい
[誤った報道]
・学校が新型インフルエンザを放置していた、保健所・大阪府へ届けずに隠していた
・何で100人もの生徒がインフルエンザになるまで手を打たなかったのか、インフルエンザで人を殺すのか
・剣道部の対外試合による拡大
・クラブ名を取りざた(剣道部の部室まで放映)されたことにより剣道部が感染源であるかのイメージを与えた
[その他]
・「A中学校・高等学校生徒に近づくとウイルスがうつるぞ」というインターネットの掲示板などへの書き込み
・夕刊を校舎内には運びたくないといわれた

表2.八尾市内B小学校からの情報(八尾保健所の協力により提供。報告書から抜粋)

[学校への電話によるもの]
・B小学校のそばを通ったら病気に感染するのではないか?
・B小学校の生徒は、うちの子が通っている塾には来ないで休んでほしい

 報告書では、こうした実態を検証し、「新型インフルエンザに対する、実際の病態とはかけ離れた恐怖感、嫌悪感による誤解がもたらしたものであったと推察される」と結論した。「恐怖感、嫌悪感による誤解」を生んだ原因としては、以下の3点を挙げている。

(1)感染後の致死率が高い高病原性鳥インフルエンザH5N1が新型インフルエンザとなった場合を想定し、その恐怖感を煽る情報は以前から広く国民の間に流布されていた。今回の新型インフルエンザに関しても同様のイメージを持った者が医療関係者も含めて多かった。

(2)2009年4月下旬に国外での発生が確認された新型インフルエンザは、発病者の多くが軽症例であるということが、国内外からの情報からも次第に明らかとなってきていた。しかし、まだ国内で多数の患者が発生する前の段階でもあり、これらの情報が積極的に広く配信され、国民の間に広く流布されるには至っていなかった。

(3)意図したものではないと思われるが、水際作戦として検疫を行う職員の個人防護具(PPE)を着用した姿が繰り返し報道され、また危機管理のために国を挙げた取り組みが繰り返し報道されたが、そのことがかえって同疾患に対する恐怖感、嫌悪感に由来した誤解を増強させる結果となった可能性がある。

 こうした「誹謗中傷・風評被害を防ぐにはどうしたらよいのか」については、「今後の再発防止に向けて」の中で以下のような案を提示している。

 まず、リスクコミュニケーションとしては、(1)平素より、感染症に罹患した者は悪いことをしたわけではなく、非難をしても何の解決にもならないという意識を多くの国民やマスコミ関係者が共有するように働きかけていく、(2)無用な恐怖感や嫌悪感による誤解を生み出さないように、今回のように新しい感染症が発生した場合には、その病態や対策に関する正確で分かりやすい情報を迅速に伝達する、の2点を挙げている。

 同時に、行政機関(国や大阪府等)が取り組むべきこととしては、(1)報道提供する際には、出来る限り中傷や風評被害の原因とならないように提供する情報を吟味し、また報道機関にも協力を呼び掛けていく、(2)誹謗中傷や風評被害は起り得るものだという認識のもと、学校等の関係機関とも連携して、誹謗中傷や風評被害の察知に努める、(3)誹謗中傷や風評被害が察知されたら、直ちにその被害を最小限にするように情報発信を行い、加えて被害を受けた者に対するケアを行う、の3点を提示している。

 疫学調査チームが「誹謗中傷・風評被害」の実態に迫り、原因を解明し、さらに再発防止の案も提示したことには敬意を表したいと思う。さらに、6月1日には、被害にあった学校に赴き全校生徒の前で講演を行っている。「彼らが今回受けた心の傷が軽くなり、胸を張って生活していくことができるようになることを少しでも手助けする」ことが目的だった。演者は講演の最後に、全校生徒にこう呼びかけた。表3に示したが、私たちもまた、重く受け止めるべきだと思う。

表3 全校生徒の前で行われた講演の「終わりに」から

 インフルエンザは、いずれは誰もがかかる感染症であり、皆さんの学校はたまたま他よりも少しだけ早く流行が到来したに過ぎません
 感染症は、かかった人が悪いとか考えるのは全くのナンセンスです
 皆さまや学校関係者の全面的な協力のおかげで、今後の新型インフルエンザ対策にとって素晴らしく有益な情報が得られています。おそらく、世界中のたくさんの人達がその恩恵に浴することになるでしょう
 今回、皆さんは様々な体験をされたと思われますが、このことを糧にして、今後の学生生活、その後の社会生活を元気よく歩んでいってください。
 皆、何も悪いことなんかしていませんし、誰の責任でもありません。2週間本当によく頑張っていただきました!

■国立感染症研究所の疫学調査チームの報告書
大阪での新型インフルエンザ発生に関する誹謗中傷・風評被害について
「M市立病院職員新型インフルエンザ発生」「発熱相談センター」「誹謗中傷・風評被害」の報告書別冊