新型インフルエンザ対策本部専門家委員会委員長である自治医科大学教授の尾身茂氏

 新型インフルエンザ対策本部専門家委員会委員長である自治医科大学教授の尾身茂氏(写真)は、先週、都内で開かれたセミナーに登壇した。その中で、現在の新型インフルエンザ対策の目標は「重篤化を避けること」と強調し、基礎疾患のある人、基礎疾患のない若い人、あるいは妊婦らへの対応強化を急ぐべきと訴えた。

 「われわれ国民一人ひとりが感染しないよう、そして、他の人に感染させないよう注意する必要がある。日本社会が忘れかけてきた『お互いに助け合う精神』が今、求められている」。これが尾身氏の結論だった。

 講演では、日本の重症例の年齢分布を提示。9月2日現在のデータだが、自治体から報告のあった脳症、挿管事例、ICU入室事例、死亡事例をみると、重篤例は全体で44例に上っている。内訳を見ると、脳症が14件、挿管が24件、ICUが22件、死亡が10件となっている(表1。なお、重複しているため合計は合わない)。

表1 自治体から報告のあった脳症、挿管事例、ICU入室事例、死亡事例(9月2日現在、尾身氏による)

 件数脳症挿管ICU死亡
0〜4歳51450
5〜9歳149760
10〜14歳63320
15〜19歳00000
20〜29歳20200
30〜39歳30222
40〜49歳51341
50〜59歳20011
60〜69歳30322
70〜79歳30003
80〜89歳10001
合計4414242210

 特徴の1つは、脳症、挿管、ICUとも、比較的年齢の若い階層で目立つ点だ。その一方で、死亡例は、30代以上にみられ、0〜29歳までは1例も出ていない。

 個々の症例で見たのが表2だ。基礎疾患の有無でみると、44例中、基礎疾患が確認されたのは半数以上の23例だった。疾患別では、喘息が8例、腎障害が3例、糖尿病が4例、心不全が3例などとなっている。

 基礎疾患を認めなかった21例のうち、肺炎などの合併症が確認されたのが10例となっている。基礎疾患も合併症も確認されていないのは11例だが、4歳〜14歳に集中しており、9例が脳症だった(表2)。

 尾身氏は、こうした重篤症例の分析により、新たな重症例を防ぐ対策につなげなければならないと訴えた。また、死亡例については「諸外国に比べて日本では少ない」との認識を示し、学校閉鎖などのソーシャルディスタンスが徹底されたことが、地域での感染の広がりを抑えるのに貢献し、結果として死亡例の抑制につながったと評価した。抗インフルエンザ薬による治療など医療体制が充実しており、さらに基本的に国民の予防意識が高いことも、死亡例を抑えている要因とも指摘した。

 今後については、まず「避けたいシナリオ」として、(1)多くの発熱者が押し寄せ医療機関の外来がパンクする、(2)重症例が増加し病院がパンクする、(4)自宅待機あるいは自宅療養の患者が出ることにより家族の負担が重くなる、(5)若い健康な人や妊婦が重症化することによる社会的なパニックが起こる、(6)抗インフルエンザ薬の予防投与によりタミフル耐性株がまん延する−−などを挙げた。

 その上で、こうした「避けたいシナリオ」に陥らないために、たとえば普段の生活では、手洗い、うがいを励行し、咳などの症状があった場合にはマスクを着用し、外出を自粛することが課題とした。人に咳やくしゃみをかけない咳エチケットの徹底も重要とした。

 また、感染した可能性がある場合は、医療機関に受診する前に電話による事前相談が必須であるとした。

 医療従事者の課題としては、特に基礎疾患がある人や妊婦が発熱した場合には、簡易検査などで陰性であってもすぐに治療を開始すべきと訴えた。あわせて、院内感染対策へのいっそうの配慮も必要であり、地方自治体と医療機関の間で医療連携について検討することも急がれるとした。

 学校の課題としては、感染者が出た場合には「必要に応じた(学級あるいは学校)閉鎖」で臨むべきとし、企業にあっては「発症者は休む」を徹底することを求めた。

 最後に、地方自治体に対しては医療体制の整備の要としての役割を強く求める一方、国に対しては「医療従事者のための重症化防止ガイドライン」の作成など基本方針の提示が急がれると指摘した。

表2 重篤例の基礎疾患および合併症の有無(9月2日現在、尾身氏による)
−:「該当せず」、○あるいは●は「該当」

症例年齢性別脳症挿管ICU死亡基礎疾患その他
110カ月肺炎
21歳あり 
34歳 
44歳肺炎
54歳 
65歳 
7幼児肺炎
810歳未満喘息 
96歳喘息痰の貯留・気管支閉塞による無気肺
106歳 
1110歳未満・小学生喘息 
127歳喘息 
137歳 
147歳 
15児童喘息 
167歳 
178歳熱性けいれん、右脳萎縮 
189歳喘息 
1910歳未満学童肺炎合併
20喘息 
21児童 
2211歳 
2312歳 
2413歳肺炎
2514歳 
2624歳肺炎
2729歳基礎疾患により以前から呼吸管理のための気管切開および酸素投与、人工呼吸器使用歴あり 
2830歳代慢性心不全、糖尿病、喘息、肥満肺炎
2930歳代肺炎
3030歳代てんかん 
3140歳1種1級身体障害者、慢性硬膜下血腫による両下肢機能不全肺炎
3240歳代急性心不全
3347歳慢性腎不全肺炎
3440歳代糖尿病肺炎
3540歳代肺炎
3650歳代心筋梗塞、慢性腎不全のための透析 
3757歳腎不全 
3860歳代高血圧、高尿酸血症 
3960歳代消化器癌術後肺転移成人呼吸促迫症候群
4060歳代慢性呼吸器疾患、慢性心疾患劇症型心筋炎
4170歳代誤嚥性肺炎
4270歳代慢性閉塞性肺疾患(在宅酸素療養中)、糖尿病 
4370歳代肺気腫、糖尿病、高血圧急性気管支炎による肺気腫の悪化
4480歳代多発性骨髄腫、心不全肺炎