写真1 中津病院新型インフルエンザ対策プロジェクトチームのメンバー(総勢30人規模となる。左から3人目が三崎氏)

 4月28日、WHOがフェーズ4へ引き上げたその日、大阪府済生会中津病院(小林克也院長)は、「自主的」に臨時発熱外来を設置した。同病院の新型インフルエンザ対策プロジェクトチーム(写真1)を率いる副院長の坂東憲司氏は、「どこへいけばよいのか分からない患者さんがきっといるに違いない。その受け皿は必須だと判断した」と説明する。2008年秋口から本格的な準備に入っていたプロジェクトチームは、この日を境に本番に突入した。大阪府済生会中津病院の2カ月を振り返りながら、今秋へ向けた対策のヒントをシリーズでお届けしたい。

 映画「感染列島」の試写会の模様がCMとして採用されるなど、中津病院といえば、地元では新型インフルエンザ対策に熱心である病院の代名詞ともなっていた。

 そんな中津病院にとっても、本番は突然だった。

 小児科副部長の三崎貴子氏は、「4月23日にかけて、まず米国から豚インフルエンザの感染例が報告された。そしてカナダからメキシコの異常が発信されたかと思ったら、メキシコで豚インフルエンザが大流行していると全米のテレビが報じるようになっていた」と、ことの始まりを振り返る。

 臨時発熱外来の設置に伴い三崎氏ら医師のチームは、日本での対応を想定した準備に取り掛かった。特に、診療の流れを気にかけた。何を基準に新型インフルエンザと確定するのか、疑い例はどうするのか−−。トリアージマニュアルは作成済みだったが、H5N1を想定したもので、今回のH1N1にはそのまま当てはまらない。まだ、厚生労働省からは確定例と擬似症例の診察の流れは示されていない。臨時発熱外来を設置するからには、中津病院としての診療のルールを定めておかないといけない。「ネットワークを駆使して、米国やメキシコから情報を収集した。それをもとに独自のルールを作った」(三崎氏)。その結果出来上がったのは、トリアージマニュアル改訂版(図1)やインフルエンザ様疾患問診票(pdf)だった。その後、それぞれ数回の更新を経て現在に至っている。

図1 トリアージマニュアル改訂版(中津病院)

 プロジェクトチームはまず、臨時発熱外来は中棟1階会議室に、感染病棟は東棟7階に設置することを決定した。

 10人ほどを想定した待合室(写真2)の奥に臨時発熱外来があり、最大で5人の患者の診療を想定して室内を構成した。ドアを開けるとカーテンで区切ったコーナー(写真4)があり、いすを置いて中待合としていた。検査コーナー(写真3)、そして診察コーナー(写真5)をセットし、臨時発熱外来でトリアージが完了することを狙った。

写真6 病院の各入口に設けた看板

 臨時発熱外来(特別診察室)の設置が決まった後、「特別診察室案内までの流れ」「特別診察室運用手順」を制定し、また「トリアージマニュアル」も改定、ハードとソフト両面で発熱外来の準備を終えた。

 「特別診察室案内までの流れ」は、患者への案内も含んでいた。やってきてしまう患者に、安心して受診してもらうにはどうすればいいのか、ほかの患者への感染のリスクを減らして臨時発熱外来へ誘導するにはどうしたらよいのか−−。このときの課題だった。

 患者への告知は、病院の各入口に看板(写真6)を立てることで対応した。他の患者への感染リスクを減らした上での導線確保は受診案内にあたるスタッフが担当し、また担当者は個人防護具を身につけ対応した。「当初は重装備での対応だったが、まだウイルスの性状が不明だった時期で仕方なかった」(坂東氏)。

「最初は重装備だったが仕方なかった」と話す坂東氏

 4月28日といえば、検疫重視の時期で、感染症指定病院などに設定する予定だった発熱外来の開設はこれからという段階だった。事実、大阪市保健所から中津病院に発熱外来の開設要請があったのは、5月に入ってからだった。

 相当数の患者が臨時発熱外来に集中してしまう恐れはなかったのか−−。これに対する坂東氏の答えは明確だった。「まだ海外発生期の段階であり、渡航暦のある人の受診が想定されていた時期だったので、当初から、対応し切れないほどの患者さんが来院することは考えられなかった」。まだ行政の対応が定まっていないときだからこそ、まずは住民に安心を提供することを優先した結果だった。

 実際、臨時発熱外来を設置した日から、感染の不安を抱えた患者が受診した。1日に1、2人という程度だったが、中には他の施設で診察を断られたという人もいたのだという。幸い、いずれも陰性だった。

 4月30日。WHOはフェーズを5へ引き上げた。日本の対応も、水際対策に集中する一方で、国内発生へ向けた準備に注力する段階に入った。中津病院では、ゴールデンウイークの前後は、プロジェクトチームが中心になって臨時発熱外来の運用に当たることとし、その後の国内発生に備え準備を加速させることになった。

 この時点でもっとも大きな課題は、「治療用に確保していたタミフルの在庫が少なく調達も不可能だった」(坂東氏)ことだ。臨時の発熱外来であったため、府や市からの供給が計算できないこともあり、やむなく季節性インフルエンザの感染患者には「原則として処方しないことを決定した」(坂東氏)という。

 自主的に発熱外来を展開した病院に対して、行政面での支援がないという点では、課題を残した格好だ。その中で、新型インフルエンザウイルスがタミフルやリレンザに感受性があるとの報告があったこともあり、抗インフルエンザ薬の在庫確保に努めたのは、医療の現場として正しい判断だったのではないだろうか(次回はゴールデンウイーク明けから国内発生の段階までを取り上げる予定です)。