現地時間の4月21日、ロサンゼルスタイムズがカルフォルニア州で9歳の女児と10歳の男児が豚インフルエンザswine flu)に感染していたと報じた。2人とも回復したと伝えられたが、豚との接触歴が明らかでなく、豚からヒトへの感染経路はナゾだった。

 米疾病対策センター(CDC)は4月23日までに、カリフォルニア州サンディエゴとインペリアルで5人、テキサス州サンアントニオ近郊で2人の計7人の患者が確認されたと発表した。いずれも回復に向かっていた。

 大事なのは7人が感染したウイルスは、豚インフルエンザのA/H1N1型であることが明らかになった点だ。一方、懸念すべきは、依然として感染経路が不明な点だった。

メキシコでも「異変」が発覚

 事態が急変したのは、日本時間の23日の夜。今度はカナダからの報道が発端だった。カナダ公衆衛生局によると、メキシコでは、3月半ば以降もインフルエンザ様の流行が続き、メキシコシティで120人の感染例があり、13人が死亡した。また、サン・ルイス・ポトシでも14人の感染例があり4人が死亡。ほかに、オアハカで1例、バハ・カリフォルニア・ノルテで2例の死亡例が報告された。

 しかし、米国の豚インフルエンザのヒト感染との関連は不明だった。

 翌24日。メキシコのコルドバ保健相は、全米ネットワークに対し自国で発生したインフルエンザ様の大規模集団感染は「豚インフルエンザによるものだ」と語った。この時初めて、米とメキシコで発生した2つの「異変」は、豚インフルエンザでつながった。

公衆の保健上の緊急事態

 WHOは25日、緊急委員会の会合を開催し「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」であると発表した。

 この時点で、 (1)米カリフォルニア州、テキサス州で7人の豚インフルエンザの感染例が確認され、9件の疑い例が報告された、(2)メキシコでは、4月23日までに882件以上のインフルエンザに類似した感染例が疑われ、そのうち62人が死亡した、(3)メキシコの感染例のうち、18件については H1N1亜型の豚由来インフルエンザであることが確認され、そのうち12件については米カリフォルニア州のH1N1亜型インフルエンザと遺伝子的に同一だった、(4)このH1N1亜型由来豚インフルエンザは、これまで豚・ヒトともに検出されていない−−などが明らかになった。

 米国とメキシコの異変は、豚インフルエンザが原因であり、かつ、これまでに豚にもヒトにも検出されたことがないウイルスだった――。つまり、新型インフルエンザの発生を確認したわけだ。加えて、動物由来ヒトへの感染が見られる点、地理的に離れた場所でいくつかの地域にまたがって発生している点、通常のインフルエンザに比較的感染しにくい年齢層の感染が見られる点などから、WHOが定めるパンデミック(世界的大流行)の警戒水準であるフェーズは、「4」に相当すると考えられるものだった。

 しかし、WHOは「フェーズ4」を宣言しなかった。それは、米国とメキシコの2つの異変の質の違いに着目したからとみられている。同じウイルスが原因であるにも関わらず、米国では死亡例がゼロで、1例の入院があったほかは、ほとんどが軽症例だった。一方、メキシコは死亡例が多発していた。この違いは何を意味するのか。新たなナゾは、WHOのフェーズ引き上げを慎重にさせた。

 WHOの「公衆の保健上の緊急事態」発表後、翌26日から、カナダやニュージーランド、スペインなどから、新型インフルエンザの感染疑い例が相次いで報告された。米国でもカリフォルニア、テキサス以外の州に広がった。メキシコでは、確認された感染疑い例が日々増加していった。

ついにWHOがフェーズ4を宣言

 27日。WHOが2回目の緊急委員会を開催するとの報が入った。そして28日早朝、WHOは新型インフルエンザの世界的な大流行、つまりパンデミックの危険が差し迫っているとして、フェーズ4を宣言した。

 事実、新型インフルエンザの感染は、予想以上のスピードで拡大していた。新型インフルエンザウイルスに対して、人類は免疫学的にバージンな集団といえる。新型のウイルスに対して、抵抗力の柱である免疫機能が働かないのだ。そのため、感染者が一挙に増大、世界的な大流行であるパンデミックにいたる。また、ウイルスの毒性次第では犠牲者も多発することが想定されていた。

 フェーズ4宣言から2日目の日本時間の4月30日午前5時過ぎ、WHOのマーガレット・チャン事務局長は緊急記者会見に臨み、新型インフルエンザのパンデミックの警戒水準をさらに一段階引き上げ、6段階のうちの「フェーズ5」にすると発表した。「世界は歴史上初めて、最大限の備えを必要としている」とも言及した。

 米国を訪れていたメキシコ在住の1歳11カ月の男児が死亡したほか、WHOが9カ国150人以上の感染を確認し、なお「世界のすべての国に感染が拡大する懸念がある」(チャン事務局長)からだった。

フェーズ4宣言から10日間で感染者は24カ国・地域で2371人に

 WHOの5月7日18時現在のまとめでは、新型インフルエンザの確定感染者は24カ国・地域で2371人となった。メキシコが1112人(死亡42人)、米国が896人(同2人)で、この2カ国で世界の85%を占めていた。また死亡例はこの2カ国に限られていた。

 このほかではカナダが201人で最も多く、スペイン81人、英国32人と続く。ドイツ(10人)、イスラエル(6人)、フランス(5人)、イタリア(5人)、ニュージーランド(5人)、韓国(3人)、エルサルバドル(2人)、オランダ(2人)では複数確認されている。オーストリア、香港、コロンビア、コスタリカ、デンマーク、グアテマラ、アイルランド、ポーランド、ポルトガル、スウェーデン、スイスでそれぞれ1例確認された。

 これは、WHOがフェーズ4を宣言してから10日間、フェーズ5宣言からは、わずか8日間の出来事だった。

 この時点での唯一の救いは、死亡例がメキシコと米国に限られている点だった。米国に限れば、確定感染者896人中死亡が2例で、致死率は0.2%に留まっていた。

 その後、WHOによると、5月14日6時現在、新型インフルエンザの感染者は34カ国・地域で7520人となった(図1)。メキシコが2446人、米国が4298人、カナダが449人となっている。日本政府が5月5日14時現在、「新型インフルエンザがまん延している国または地域」に指定しているこの3カ国だけで、世界全体の95%を占めている。死亡例はメキシコが60人、米国が3人、カナダとコスタリカがそれぞれ1人となっている。

図1 新型インフルエンザの感染者の推移(WHO発表をもとに作成。米国が増えているのは、疑い例も合わせて報告するようになったことも影響している)

日本の対策はどう動くのか

 日本ではどのような対策が動き出したのか。またフェーズ5宣言以降、さらにその後は、どうなっていくのか。

 日本政府は2月、2005年12月にまとめた「新型インフルエンザ対策行動計画」を改訂した。改訂行動計画では、対策の目的を明確に示した点が特徴。具体的には「感染拡大を可能な限り抑制し、健康被害を最小限にとどめること」と「社会・経済を破綻に至らせないこと」の2つを掲げた。

 「感染ゼロ」ではなく「パンデミックの緩和」が目的であることは、改訂行動計画を理解する上で重要なポイントとなる。

 「パンデミックの緩和」とは、感染のピークに達する時間を遅らせ平坦化させることにある。生命線となる医療体制を守るため、前段階(未発生期)、第 1段階(海外発生期)、第2段階(国内発生期)と段階ごとに、可能な限り有効な対策を展開することになる(図2)。そして、同時多発的に発生しうる感染者や受診 者、入院患者や死亡者を減少させ、さらにはワクチン供給などの対策を打てるまでの時間を確保することが狙いだ。

図2 発生段階別に展開される医療体制(改訂行動計画、防衛医科大学校内科学講座2感染症教授の川名明彦氏の講演等より作成)

 WHOのフェーズ4宣言を機に、日本では「海外発生期」に入ったわけだが、この段階では、「ウイルスの侵入防止、在外邦人の支援」が対策の方針となる。

 政府は4月27日午前に「豚インフルエンザ対策に関する関係閣僚会合」を開催し、「当面の政府対処方針」を決定。初動は実行段階に移った。28日には、日本政府として「新型インフルエンザ発生」を認定。総理と全閣僚からなる「新型インフルエンザ対策本部」の初会合も開催された。

写真1 5月9日、舛添厚相は水際で日本初の感染者を確認したことを発表(NHKの放映画面から)

「検疫の集約化や停留等」も

 WHO宣言を受けて、「検疫の集約化や停留等」も始まった。行動計画に沿って、発生国からの旅客機・客船に対する検疫実施は、4空港(成田、関西、中部、福岡)と3港(横浜、神戸、関門)に集約された。また、検疫により感染が疑わしい人が把握された場合に、医師の診察を経て、隔離や停留、健康監視の対象とすることも実施されている。機内検疫も始まり、メキシコや北米から日本に帰着した飛行機については、機内で乗員、乗客の健康状態の確認が続いている。

 一方で、行動計画に盛り込まれた対策の中で実施に移されないものもある。たとえば、医療従事者や社会機能維持者らに対して、備蓄している大流行前ワクチン(プレパンデミックワクチン)を接種開始する計画だった。だが、備蓄ワクチンは鳥インフルエンザ・A/H5N1型を想定したものであり、今回の豚インフルエンザ・A/H1N1に対しては効果が期待できないとみられることから、プレパンデミックワクチンの接種は実施しない見通しだ。

 WHOがフェーズ5を宣言後も、日本ではいわゆる水際対策を強化し、集中的に国内へのウイルス進入阻止に取り組んでいる。幸いにも、確定例が4例出てはいるが、これらは検疫で把握されてものであり、国内での感染者は発生していない(写真1)。ゴールデンウイーク後も、多くの海外渡航者が帰国したにもかかわらず、水際で4例を確認しただけというのは、確かに水際対策が機能していたことの証だった。

 今後は、海外発生期の対策を続行しつつ、次の段階である国内発生早期、およびその後へ向けた準備・検討が急がれる。

写真2 CDCは5月2日、新型ウイルスの顕微鏡写真を公開

新型インフルエンザウイルスの特徴

 新型インフルエンザの発生からこれまでで最大の朗報は、確認された新型インフルエンザウイルス(写真2)が、抗インフルエンザ薬であるタミフルとリレンザに対して感受性があることだった。早期に治療すれば、重症化は防げると期待されるからだ。

 CDCをはじめとする研究機関でウイルスの遺伝子配列も解明され、確定診断のためのツールが整いつつある。ワクチンの製造も準備段階に入った。

 その一方で、感染力や毒性などは解明途中にある。軽症例がほとんどである米国からは、季節性インフルエンザと同程度との見方も出ている。が、メキシコでの死亡例の多さが、ナゾとして残っている。

死亡者多くが肝臓や心臓に疾患

 メキシコ政府の発表では、5月6日時点で、死亡例は新たに16人が加わり42人となった。その内訳は、24人が女性で18人が男性。年齢は、20〜29歳が16人、30〜39歳が9人となっており、この年齢層が死亡例の中心だった。

 コルドバ厚相は、「20〜50代の人々は、初期症状が出ても病院にいかず、自己診断で薬を飲むなどしており、これが手遅れにつながっている理由と考えられる」との見解を示した。4月17日以前は、初期症状が出てから病院にかかるまでの日数が7〜9日だったのが、新型インフルエンザ流行の公式発表があった4月17日以降は、1.5日に短縮していることも明らかにした。 

 また、死亡者多くは、肝臓や心臓などに複数の疾患を患っていたことも分かっていると言及した。米国での2例の死亡例でも基礎疾患の存在が指摘されており、医学的ハイリスクの人を中心に重症例が出ていると考えられている。この点は、季節性インフルエンザと同様である。

柔軟な対応が必須に

 米国には、パンデミックの被害予想を段階的に評価する「Pandemic Severity Index」という指標がある(図3)。新型インフルエンザの致死率に応じて、カテゴリー1から5まで定めたものだ。

 WHOのフェーズは「感染の広がり」に着目したものだが、米国のカテゴリーは「感染の被害の深刻さ」に視点を置いたものだ。カテゴリーに応じて、「映画館、学校、会議場等の閉鎖」などのソーシャルディスタンス(社会的隔離)の程度が変動する。

 米国は、たとえばニューヨークの私立高校で発生した集団発生では、当初、学校閉鎖の措置をとっていた。しかし、現在は季節性インフルエンザと同様の措置でよいとして学校を再開。症状のある生徒や職員については、7日間の自宅待機を経た後は登校するよう呼びかけている。新型インフルエンザの被害予想を見極め、幼稚園や高校および保育施設の閉鎖に関するCDC暫定ガイドラインを見直した上での対応だった。

 日本の行動計画は、罹患率全人口の約25%、致死率1-2%などという最悪の事態を想定したもの。今後は、米国のように、新型インフルエンザの流行規模、被害想定を見極めた上での対策が必要になってくる。

図3 「流行の深刻さ」を示すPandemic Severity Index(CDC)