米疾病対策センター(CDC)が5月2日に発表した新型インフルエンザH1N1ウイルスの写真

 WHOは日本時間の4月30日早朝、パンデミック(世界的流行)の警戒水準を「フェーズ5」にすると発表した。これを機に、日本では実施中の「水際対策」の強化が始まり、次の段階である「国内発生早期」以降の準備・検討も急ぐことになった。焦眉の急は、2つの「優先順位問題」の決着だろう。

 2つの優先順位問題は、いずれも新型インフルエンザワクチンに関わる。舛添要一厚生労働相は、新型インフルエンザの海外発生を受けて、パンデミックワクチン(流行時ワクチン)の製造を急ぐことを表明。場合によっては、今冬の季節性インフルエンザのワクチン製造ラインを止めてでも、優先的に取り組むとの決意を示した。

新型ワクチン vs 季節性ワクチン

 これに対しては、例年の季節性インフルエンザの感染者数が推定で1500万〜2500万人という規模であり、超過死亡(インフルエンザに関連して生じたと考えられる死亡)が1万5100人(2005年2月〜4月)を記録したシーズンもあることから、「新型と季節性のリスクを比較検討して判断すべき」などとする声があがった。

 国立感染症研究所の感染症情報センターが4月30日午後に行った報道陣向けの説明会の席上、同センター長の岡部信彦氏は、インフルエンザワクチンの製造について、(1)現状維持:新型用ワクチンを作らず、通常インフルエンザワクチンだけを製造する、(2)切り替え:通常ワクチンを取り止め、新型用ワクチンだけを製造する、(3)併存:両方のワクチンを並行して製造する、という3つの選択肢があり得ると説明した。ただし、(3)の方法は、両ワクチンとも製造量は減少することになる。

 (1)〜(3)のうちどの方法を決断するにせよ、大前提として新型インフルエンザウイルスの感染力や毒性の見極めが必要となる。  

 感染症情報センターの発表(IDSC2009.5.1)によると、今のところ新型インフルエンザの臨床症状については、多くの患者が「軽症」、つまりは季節性インフルエンザの症状(発熱、呼吸器症状、筋肉痛など)とそれほど変わらないと報告されている。米国から、25%ほどに下痢や嘔吐などの消化器症状がみられたとの報告があるぐらいだ。

 死亡例については、たとえば4月29日に米国で確認された1歳11カ月の幼児の場合は、基礎疾患があったことが分かっている。一方、12人の死亡例が確認されたメキシコでは、死亡例を含む重症例の中には基礎疾患のある症例が含まれると報告されている。つまり、季節性インフルエンザでハイリスクとされる集団(幼弱小児、高齢者、基礎疾患を持つ人)と同様の集団が重症化していると考えられるのだという。

 新型インフルエンザの重症化率や致死率については、まだ解明途中にあり、はっきりしたことは分からない。ある程度、その見極めがつけば、たとえば、幼弱小児、高齢者、基礎疾患を持つ人というハイリスク集団に絞った新型インフルエンザワクチン製造という決断もありうるのかもしれない。

 季節性インフルエンザワクチンの製造は、例年4〜5月にワクチン株を決定する。北半球における季節性インフルエンザの流行期を考えると、新型と通常のインフルエンザのワクチン製造について、決断すべき時期は迫っている。

新型ワクチンの接種順位、国民的な議論はどうなったか

 もう1つの優先順位問題は、「新型ワクチン vs 季節性ワクチン」とも密接に絡みあうワクチンの接種順位の問題だ。

 国のガイドラインによると、新型インフルエンザが発生した場合、感染拡大を防ぐためにパンデミックワクチンの接種を行うことになっている。ただし、パンデミックワクチンは、発生してからでないと作ることができず、また現状では、全国民に必要なワクチンを作るのに1年半はかかるとみられている。

 このため、まずは「医療従事者・社会機能維持者」(表1)を最優先に接種し、その後に「医学的ハイリスク者(感染すると重篤化の可能性がある疾患を持つ人)」「成人・若年者」「小児」「高齢者」の4集団にわけ、国民的な議論を経た上で、接種順位を決めていく方針だった(図1)。

表1 カテゴリーごとの医療従事者・社会機能維持者

図1 新型インフルエンザワクチン接種の進め方について(第1次案)を基に作成

 ここで課題となるのは、「国民的な議論」が十分に重ねられてきたのかという懸念だ。舛添厚相がパンデミックワクチンの製造を急ぐことを表明した際、多くの人は「自分もワクチンを受けられる」と受け止めたに違いない。だが、接種順位の問題が存在し、それについての国民的な議論は緒についたばかりであることを理解している人は、果たしてどれだけいるのだろうか。