WHO西太平洋地域事務局長の尾身茂氏

 死者数を減らすには“社会的隔離”を実施すべき――。11月17日、東京都福祉保健局が主催したシンポジウムで基調講演を行ったWHO西太平洋地域事務局長尾身茂氏(写真)は、スペイン・インフルエンザの教訓を提示した。「大流行に備えた対策では、医療の確保はもちろん重要だが、医療以外の対策、特に社会的隔離も必須だ」と強調。その上で、パンデミックの発生段階に合わせた対策のポイントを提案した。

 「これは今日一番のスライドです」。尾身氏は、1918年に発生したスペイン・インフルエンザの死亡率に、米国のフィラデルフィア市とセントルイス市の間で大きな差があったことを示すデータを紹介した(図1、参考文献1)。フィラデルフィアでは、1918年10月19日時点でピークとなり、死亡率は人口10万人当たり1万3000人以上に達していた。一方、セントルイスでは、ピークはフィラデルフィアより2カ月近く遅い1918年12月14日だった。また、ピーク時での死亡率は、実にフィラデルフィアの4分の1以下だったのだ。

 この違いは、社会的隔離を実施したかどうかにあった。セントルイスでは、1918年10月5日時点から「映画館、学校、会議場等の閉鎖」を実行していた。11月16日に閉鎖は解除されたが、効果は、死亡率のピークを遅らせただけでなく、ピークの山を低くするという形で現れたのだ。「社会的隔離は確かな効果が期待できる」。尾身氏は、ワクチン、抗インフルエンザ薬に並んで、社会的隔離が大事であると重ねて指摘した。

 ただ、たとえば東京都で、セントルイスが実施した社会的隔離を実行できるかどうかについては、「都民の反発もあるだろうし、やりにくい政策に違いない」とも。しかし、「たとえ国民に人気のない対策であっても、実施すればそれなりの効果を生むことは確かだ。必ず効いてくる」と指摘。「日本では最大のチャレンジになる」(尾身氏)とも語り、一般市民の理解と協力が得られることに期待を表明した。

 尾身氏は、基調講演の結論として「3つの重要」を挙げた。1つ目は、「パンデミックの発生は、非常事態であるという覚悟をし、全国民がそれぞれ役目を果たすこと」。尾身氏は「総力戦」の言葉を繰り返し使い、国民一人ひとりが参加することを求めた。

 2つ目は「事前の合意形成」。パンデミックが発生してからでは遅いとし、たとえば(1)継続すべき医療の選択は何か、(2)新型インフルエンザの感染患者に対する優先順位をどうするか、(3)病院間およびセクター間の役割分担と連携のあり方(指揮系統も含む)−−については、今から議論しておくべきとした。

 3つ目の「重要」は、「パンデミック発生時の対策を実施する上での考え方」。尾身氏はこの中で、(1)ワクチンや抗インフルエンザ薬と同時に、公衆衛生対策、特に接触機会の最小化が重要、(2)非常事態においては、個人の権利と公共の福祉(社会防衛)とのバランスが重要、(3) 事態は刻々と変化するため、対応策の迅速な意思決定ができることが必要−−と強調した。

 最後に尾身氏はこれらの考え方を踏まえ、パンデミックの発生状況に応じた対策の主要ポイントを提案した(図2、3)。これは、たとえば海外でパンデミックが発生し、その発生地域での封じ込めが成功した場合は、日本では「スクリーニング開始」の対策(具体的には図3のA①とB①)を実行すべきことを示している。

図2 パンデミックの発生状況に応じた対策

図3 対策の主要ポイント

 海外で発生し、その地域での封じ込めが失敗した場合は、感染が発生国内に限定しており、日本でも未発生であれば、日本では「水際対策」「短期集中」「アラート開始」などの対策を実施する(具体的にはA①②③、B①)。

 海外で発生しその地域での封じ込めが失敗した場合で、感染が発生国内に限定しており、日本でも発生が確認された段階であれば、「感染の広がり具合」で地域で異なる対策をとることになる。たとえば、感染が一部の地域に限定しているときは、その当該地域では「パンデミック対応」(具体的はB①〜⑤、C)を実行する。当該地域でないところでは、「パンデミック準備」(具体的にはB①②、C)を実行する。感染が広範囲に及んでいる場合は、日本全国で「パンデミック対応」(具体的はB①〜⑤、C)を実行することになる。

 今回、尾身氏が提案したのは、対策全体の戦略を示したものだ。厚労省の新型インフルエンザ対策専門家会議もこれまでに、「新型インフルエンザ対策における基本方針(案)」(参考文献2)をまとめている。しかし、残念ながら、政府全体で対策を調整するはずの「新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議」で、この基本方針(案)を取り上げた形跡はない。

 WHOからの提案も踏まえ、早急に、政府全体としての対策の基本方針を示してもらいたいものである。

(三和 護=日経メディカル別冊)

■参考文献
1)Collins SD, Frost WH, Gover M, Sydenstricker E: Mortality from influenza and pneumonia in the 50 largest cities of the United States First Edition Washington: U.S. Government Printing Office 1930.
2)新型インフルエンザ対策における基本方針(案)