神奈川県警友会けいゆう病院小児科部長の菅谷憲夫氏

 9月。ポルトガル南部の都市ヴィラモウラで第3回欧州インフルエンザ会議(EWSIThe European Scientific Working group on Influenza)が開催された。日本から参加した神奈川県警友会けいゆう病院小児科部長の菅谷憲夫氏(写真)に、会議の成果から日本が学ぶべきことを聞いた。

―― 2004年にマルタ島で開催された前回の会議と今回では、新型インフルエンザをめぐる状況に大きな変化があったのではないでしょうか。

菅谷 鳥インフルエンザH5N1型の位置づけが変わっていました。前回は、新型インフルエンザウイルスに変化するのはH5N1型だという合意の下で議論していたと思います。会長を務めるオランダ・ロッテルダム大のアルバート・オスター ハウス教授は、わざわざ「H5N1の恐怖」という感じのDVDを配布して、「2年以内にパンデミックが発生する可能性が高い。H5N1型がその第一候補」などと指摘していたのが印象に残っています。

 今回の会議では、H5N1型が第一候補という雰囲気ではなかった。むしろ、「H5N1型から新型インフルエンザが発生する可能性はだいぶ低い」という意見の人が多かったと思います。

―― 独走状態にあったH5N1型は、トップ集団に吸収されてしまったという印象でしょうか。

菅谷 H5N1型だけを注視していればいいという状況ではなくなったということです。過去のパンデミックの疫学的な解析から、H1、H2、H3の3型だけがヒトの間で大流行を起こしていることが分かってきました。今、季節性インフルエンザで流行しているのがH1とH3です。このことから、新型インフルエンザに次になりうるのは、H2ではないかとする説も出ています。

 一方で、H7やH9の方が、H5N1に比べてヒトに感染する力を増しているという研究成果も出てきています。

―― H5N1型のヒト感染例は、1997年以降、世界保健機関(WHO)に報告されたのは、387例(9月10日現在)に留まっています。

菅谷 約400例を多いと見るのか少ないと見るのかで判断が違ってきますが、10年間で400例である点やトレンドとして2006年の115例を境に減少傾向にある点などを考慮すれば、H5N1型が第一候補という可能性はだいぶ低くなってきたと感じています。会議でも意見交換した人のほとんどが同じ考えでした。

―― では、もうH5N1型の1点張りの時代ではなくなってしまったわけですか。

菅谷 もちろんH5N1型を無視してもいいということではありません。ヒト感染例では、致死率が60%と高いですから、今後も注視すべき候補の1つです。

―― 今、日本で進められているプレパンデミックワクチンは、今後どうなるのでしょうか。

菅谷 会議では、米国ミシガン大のアーノルド・モント(Arnold Monto)教授が「H5N1プレパンデミックワクチンは‘YES’か‘NO’か」という講演をされました。

 結論をいうと、WHOが定めた新型インフルエンザのフェーズ3、つまり現状の段階で接種が勧められるのは、東南アジアの養鶏関係者のみということです。ただし、医療関係者、検疫などに従事する専門職の人ら用のプレパンデミックワクチンは‘YES’で備蓄しておいた方がいいというものでした。致死率が60%と高いのがその理由です。それ以外の一般国民に対しては‘NO’です。

―― H5N1型がパンデミックを引き起こす可能性が低くなったからですか。

菅谷 それだけでなく、副作用の問題も心配だからです。私は繰り返し発言していますが、日本で開発されたプレパンデミックワクチンは、全粒子ワクチンなのです。全粒子というのは不活化したウイルスが丸ごと含まれているということです。これに対して、スプリット型のワクチンというのがあります。ウイルス原株からワクチンを製造するのに必要なタンパク質だけを抽出したもので、こちらの方が安全性は高いとされています。

―― プレパンデミックワクチンについては現在、臨床試験が進行中ですので、その成果を待ちたいと思いますが。

菅谷 もう1つ、抗原原罪説も会議で話題となりました。日本では全く知られていませんが、プレパンデミックワクチンを検証する上で、考慮すべき問題点です。

―― ご説明ください。

菅谷 たとえば今、臨床試験にかかっているプレパンデミックワクチンでは、使われているH5N1株の1つにベトナム株があります。ベトナム株の接種で免疫を獲得した場合、あとで登場する新型インフルエンザがベトナム株に近い抗原性だと、いわゆるブースター効果が期待できますが、大幅に変異していたときに問題となります。その場合、新型インフルエンザのワクチンを打っても、ベトナム株に対する抗体がのみ上昇して、肝心の新型インフルエンザに対する抗体が上昇しないという可能性があるのです。

―― プレパンデミックワクチンは、新型インフルエンザの流行株に近くなければ、マイナスに働いてしまう危険性があるということですか。

菅谷 そうです。期限切れとなる寸前の備蓄プレパンデミックワクチンの接種は、抗原原罪説に立つなら、最も避けるべきことなのです。

―― これまでの新型インフルエンザ対策が「H5N1型だけの対策」になっていなかったか、もう一度振り返ってみる必要があると強く感じました。

(まとめ;三和 護=日経メディカル別冊)