市ヶ谷柳沢クリニック院長の柳沢秀敏氏

 患者さんから、個人備蓄用に抗インフルエンザ薬をと求められたら、開業医はどのように対応したらいいのだろうか。市ヶ谷柳沢クリニック院長の柳沢秀敏氏(写真)は、国家備蓄が全国民に十分に行き渡る量ではないこと、備蓄放出の際の具体的な流通体制が不明なことなどから、「個人備蓄には前向きに対応していきたい」と話す。「新型インフルエンザが流行したら、自分のことは自分で守らなければならないと考える人が増えている」とも。産業医としてあるいは開業医としての基本的な考え方をうかがった。



−− 先生は産業医のお立場でもあるので、新型インフルエンザの対策については、色々ご相談を受ける機会が多いのではないでしょうか。

柳沢 新型インフルエンザの対策に取り組む企業が増えてきているので、産業医として対応することは多くなっています。

−− 企業の対応は進んでいますか。

柳沢 たとえば抗インフルエンザ薬などの備蓄は、ひところに比べて進んできたという実感があります。実際に(鳥インフルエンザH5N1などの感染リスクの高い)海外に赴任する従業員に、予防を目的に抗インフルエンザ薬を処方して欲しいという要望はあります。企業が備蓄した抗インフルエンザ薬を使用するには、医師の処方せんが必要ですが、私は産業医として従業員の方々に対応しています。

−− 日ごろ来院されている患者さんはいかがですか。

柳沢 テレビや新聞などで新型インフルエンザについて報道されるたびに、個人として何をしたらいいのかなどと質問されることはあります。また、産業医であることから、鳥インフルエンザの流行が伝えられている地域に出向く海外赴任者や渡航者、キャビンアテンダントの方々が来院されることは決して少なくありません。

−− 先生のところでは自由診療の下で、抗インフルエンザ薬の予防投与に取り組んでいるとうかがいました。

柳沢 「予防投与をやっています」と看板を出しているわけではありません。産業医を務めているからだと思いますが、新型インフルエンザの件で私のところにいらっしゃる患者さんのほとんどは、抗インフルエンザ薬を求めてくる人ばかりです。今のところ抗インフルエンザ薬の予防投与の処方は、感染リスクが高いところへ出向く人に限られていますし、自由診療でないといけないなどの制限がありますから、慎重に対応しています。

−− 抗インフルエンザ薬は、どの薬を選択されていますか。

柳沢 私はザナミビル(商品名:リレンザ)を出しています。吸入薬であることから、上気道などの局所で集中的な抗ウイルス効果を期待できるからです。また耐性が生じにくいという特徴があります。これまで、B型で1株発生しているだけです。一方のオセルタミビル(商品名:タミフル)は、最近のWHOのまとめ(関連情報)にもあったように季節性インフルエンザで耐性化が問題視されています。新型インフルエンザウイルスがタミフル耐性である危険性も考慮し、リレンザを選んでいます。

−− 抗インフルエンザ薬の予防投与には、効能・効果の注意書きを見る限り、処方対象に制限がかかっています。

柳沢 タミフルもそうですが、確かに制限があります。たとえばリレンザの場合、効能・効果の注意書きをみると、予防投与の対象は「原則として、インフルエンザウイルス感染症を発症している患者の同居家族または共同生活者である次の者。(1)高齢者(65歳以上)、(2)慢性心疾患患者、(3)代謝性疾患患者(糖尿病等)、(4)腎機能障害患者」と定められています。この点について厚生労働省に問い合わせをしたことがありますが、そのときは、鳥インフルエンザの流行が伝えられている地域、つまりリスクの高いところに出向く人も対象にしていいのかどうかについては、「いいのかどうか分からない」とあいまいな返答でした。今はリスクの高いところに出向く人も対象にできると理解しています。

−− 9月10日に、労働者健康福祉機構が主催した「新型インフルエンザ対策についての産業保健研修会」がありました。厚生労働省新型インフルエンザ対策推進室の担当官も講演しましたが、その際にも予防投与の対象制限について質問が出ていました。回答は、「国が定めた抗インフルエンザウイルス薬に関するガイドラインにもあるように、必ずしも薬の能書き(効能・効果の注意書き)通りに限定するとはなっていない」などというものでした。その後確認しましたら、鳥インフルエンザの感染リスクが高い地域へ赴任したり出かけたりする人には、処方は可能であるとの見解でした。これまでもそうだったし、これからもそうだということでした。同じような質問が多いので、近く通達かあるいはQ&Aという形で周知する予定とも指摘していました。

柳沢 国家備蓄が全国民に十分に行き渡る量ではないこと、備蓄放出の際の具体的な流通体制が不明なことなどが、テレビや新聞などで取り上げられたからでしょうが、最近では個人で備蓄しておきたいと訪ねてこられる方もいます。この前は、ある子供会の保護者の方から、抗インフルエンザ薬を買いたいという問い合わせがありました。

−− どのように対応されているのですか。

柳沢 予防投与の対象制限があること、きちんと診察してからでないと出せないこと、それから自由診療になることなどをお話しています。今の国や各自治体などの対策の進み具合を考えると、ある程度は個人で対応せざるを得ない状況が見えていますので、基本的には患者さんの希望にそうように対応したいと考えてはいますが・・・。

−− 自由診療とのことでしたが、治療費はいくらぐらいに設定していますか。

柳沢 具体的な数字は控えさせていただきますが、私のところは院内処方ですのでその分に必要な費用とリレンザの薬価(1処方:5日間分で3370円)に相当する費用ぐらいはいただいています。さきほども言いましたが、予防投与をしていますと看板を出してやっているわけではなく、いわば緊急避難として対応しているとご理解ください。

−− 診療所としての対策はどうなっていますか。

柳沢 政府が新型インフルエンザの国内流行を確認した段階、いわゆるフェーズ4Bであると発表した段階で対策をとっていては、到底間に合わないでしょうから、私のところではWHOがフェーズ4Aを宣言した段階で、いつ新型インフルエンザの患者さんが来院してもいいように、スタッフともども対策を立てています。具体的には、N95マスクや感染防御服の着用、さらにはリレンザの予防投与も計画しています。N95マスクの使い方、感染防御服の着脱などは、一応の訓練は終わっています。また必要な物の備蓄は終了しています。

−− 少しこだわりますが、患者さんから個人備蓄をしたいと懇願されたらどうされますか。

柳沢 議論の余地はあろうかと思いますが、私は、「求められたら、抗インフルエンザ薬の個人備蓄には対応したい」と考えています。政府の備蓄目標、その進み具合などをみていると、とても心もとない。その一方で、鳥インフルエンザH5N1型のヒト感染例で致死率は60%を超えているという事実があります。このH5N1型が新型インフルエンザに変異した場合、致死率は60%のままとは考えにくいですが、それでも20%などという数字を言われる専門家もいます。実際にパンデミックになったら、日本では最悪64万人もの人が死ぬとも推定されているわけです。私は、個人としてできるだけの備えをしておこうと考える人は、今後増えてくると思っています。

(聞き手;三和護=日経メディカル別冊)