新型インフルエンザの啓蒙活動の一環で開かれた市民公開講座

 7月13日。栃木県佐野市で新型インフルエンザをテーマにした市民公開講座が開かれた(写真)。最高気温が30度を優に超えた土曜日にもかかわらず110人もの市民が詰め掛けた。主催は佐野市医師会(秋山欣治会長)。この春から医師会内の感染症対策委員会(坪水敏夫委員長)で新型インフルエンザ対策について議論を重ね、地域での行動目標を具体化しつつある。

 市民公開講座の内容については後述するが、ここではなぜ佐野市医師会が動いたのかをみていきたい。

 感染症対策委員会のメンバーによると、新型インフルエンザ対策について議論を始めたきっかけは、年初に医師会長のもとに届いた一通のファクスだった。佐野市医師会として新型インフルエンザ対策にどのように取り組むつもりなのか−−。この質問に、直ちに出せる答えはなかった。

 年初といえば、NHKが2夜にわたって特別番組を放映したのは記憶に新しい。また、昨年末から鳥インフルエンザのヒト感染例が相次いで報告されたことも危機意識を高めた要因に違いない(表1)。

表1 鳥インフルエンザのヒト感染例(2007年末以降、WHO)

パンデミックに向けた地域での行動目標が必要と話す山口氏

 医師会の反応は素早かった。3月に準備委員会を立ち上げ、新年度には感染症対策委員会で議論が始まった。5月16日には医師会員向けの講演会を実施した。これまでに月1回ほどのペースで委員会を開催し、できることは実行するとの方針から、今回の公開講座の実現に至った。

 前後して、医師会員を対象としたアンケート調査も実施している。それによると77人のうち62人から回答があり、33人が新型インフルエンザ対策に参加すると回答した。内訳を見ると、13人が無条件での参加を表明、残り20人は「条件付の参加」だった。

 条件で目立ったのは、「何らかの補償があるべき」との意見。「(H5N1型では)致死率が60%などと言われている。支援も補償も何もないままに診療に当たれというのは酷だろう」。感染症対策委員会のメンバーは、補償を前提とするのは正論で一致している。この点については、行政と医師会の間で補償協定を結ぶなどの具体案を検討する方向だ。

 議論をスタートさせて4カ月余りだが、これまでに「パンデミックに向けた地域での行動目標案」(表2)がまとまっている。

表2 パンデミックに向けた地域での行動目標案

1)行政、保健所、医師会の共同作業
・厚生労働省の「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4以降)」、「新型インフルエンザ対策行動計画」を基に地域における行動計画書を早期に作成
・診療の流れ(患者搬送を含む)に関する模擬訓練
・地域住民、特に小児、若年成人への啓蒙活動

2)行政の作業(保健所との共同作業)
・高性能マスク(N95など)の備蓄(住民への配布)
・パンデミックワクチン必要量の算定と現状の調査
・抗ウイルス薬の必要量の算定と備蓄現状の調査
・H5N1の迅速診断機関の確保(地方衛生研究所以外)
・重症肺炎治療のための陰圧室の確保、設置
・治療に当たる医師・看護師の生命危機に対する補償制度の確立

3)医師会(医療側)の作業(行政との共同作業)
・発熱外来設置場所の決定、担当医師(開業医)、看護師の確保
・重症患者治療医療機関の決定と担当医(勤務医)の確保
・発熱外来での治療方針の確立
・陰圧室での重症患者に対する治療方針の確立

 その中で、具体的な対策も固まってきている。一つは、新型インフルエンザの治療に当たっては、「第一選択薬をザナミビル(リレンザ)とする」(佐野厚生総合病院副院長の山口佳寿博氏、写真)という方針だ。これは、今冬流行したAソ連型インフルエンザウイルス(H1N1)に、高い割合でオセルタミビル(タミフル)耐性ウイルスが見つかったことに対応したものだ(WHOのまとめ、5月5日現在)。

 耐性ウイルスの出現を受け、欧州では新型インフルエンザ対策の備蓄政策の見直しが進んでいる。具体的には、タミフルの備蓄をリレンザなど他の抗ウイルス薬で増強するもの。最近もNatureに同様の提言を行った論文「Crystal structures of oseltamivir-resistant influenza virus neuraminidase mutants」が掲載されるなど、「リスクの分散化」という基本からすれば当然の流れが強まっている。

 蛇足だが、NHKの番組のドラマ編では、新型インフルエンザでタミフル耐性が出たとの報告を受けた医療専門官が「これで打つ手はなくなった」と叫ぶシーンがある。現実にそうならないためにも、日本でも備蓄について見直しが必要なのだ。

 行動目標の取りまとめに当たった山口氏は、「医療面の対策をどうするかは、医療現場に丸投げされてしまいがちだ。それでは12万5000人の佐野市民を守れない。行政や医療側が一体となって取り組むためにも、共通の行動目標が重要になる」と話す。

医師会などと協力して取り組んでいく、と岡部市長

 幸いにも、市は、今回の公開講座の共催に名を連ねていた。具体的な対策については、ほとんどの自治体と同様、これから具体化するというのが実情だが、現在、佐野市医師会の感染症対策委員会にオブザーバーとして参加しており、そこから具体的な対応策を練っていく段階にある。

 くしくも公開講座の冒頭で、佐野市の岡部正英市長(写真)が挨拶に立った。新型インフルエンザが大流行すれば大変な事態になるとの認識を示した上で、「安全、安心をキャッチフレーズに掲げる佐野市としては、市民の生命と健康を守るという点から、(医師会などと協力して)この問題に取り組んでいかなければならない」などと強調した。

 自治体のほとんどが具体策を持ち合わせない今日、佐野市医師会と佐野市の取り組みが何を生むのか、今後の展開に期待したい。

(三和護=日経メディカル別冊)