多くの患者さんを見守るためには、診療所の規模を拡大する必要があります。在宅医療は長続きさせなければ意味がなく、それには医師の複数勤務体制が欠かせません。しかし、これがとても難しいことでした。

永井氏は「患者さんの具合が悪いときにすぐ駆け付ける」ことを信条にしている。

 明浜町の診療所時代、一番つらかったのは、「土日に先生がおらんかったから、宇和島の病院にかかった」と、患者さんに言われることでした。たんぽぽクリニックでは「患者さんの具合が悪いときにすぐ駆け付ける」ことを信条とし、連絡が入れば昼夜を問わず訪問しました。緊急往診は少なかったものの、1人で200人もの在宅患者を抱え、精神的な負担が重くなっていきました。

 しかし、私の思いを共有してもらえる常勤医師はなかなか見つかりませんでした。「私が動けなくなったら、患者さんや家族の信頼を失ってしまう」。切羽詰まった私は、自院のホームページに自分の診療理念を載せ、診療実績を公開しました。すると、在宅医療に関心を持つ医師たちからの問い合わせが相次ぎ、ほどなく2人の常勤医を確保することができました。

 それから今日まで、患者さんや家族のニーズに応じるうちに、規模が少しずつ拡大してきました。訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、訪問介護事業所を併設し、鍼灸マッサージ治療院を併設した高齢者住宅との医療連携も行っています。2006年4月には「在宅療養支援診療所」の届け出も行いました。私の理想である「長続きする医療」「医療者が疲弊しない医療」を実施できる体制が整ってきました。

多職種ミーティングで思いを共有
 組織が大きくなる中で、私が重視したのは、スタッフ間で情報を共有化し、誰もがいつでもどの患者さんも診ることができるシステムを作ることでした。「設立当時から私が一人で行ってきた医療を、多職種が関わることで、質の高い在宅医療として成立させる」ことが大切と考えていたからです。

「多職種ミーティング」には、クリニック以外の介護事業所のスタッフも参加する。

 その要となるのが、毎朝8時半から行う「多職種ミーティング」です。たんぽぽクリニックのスタッフだけではなく、居宅介護支援事業所や訪問介護事業所、鍼灸マッサージ治療院のスタッフも加わります。

 会議では、まず大きな声で挨拶の練習をします。在宅医療は、患者さんの生活の場に入る仕事です。きちんとした挨拶、礼儀が欠かせません。

 その後、新たに紹介された患者さんの情報、事務連絡のほか、スタッフが書き込んだ「申し送りブログ」の中から特に全員が共有すべき患者さんの状況などを、15〜20分の短時間で効率よく伝えます。それから医師、看護師など職種別のカンファレンスを行い、各チームが訪問診療に出かけていきます。

 規模は拡大しましたが、「患者さんの前では一人の謙虚な在宅医であり続けたい」と常に自分に言い聞かせています。特に大切にしているのは、“できるけれども、あえてしない”という「在宅医療の美学」です。

 在宅医療でも、人工呼吸器や中心静脈栄養、点滴、胃瘻など、病院同様の処置ができます。しかし、それらの医療行為が患者さんと家族の幸福や満足に必ずしもつながるわけではありません。

 医療は施すものではなく、患者さんが最期まで、その人らしく生きるためのお手伝いをすることです。医療の出発点は、あくまで患者さんと家族のニーズにあります。ですから、プロとしてその人に最善と思われる医療行為を選択肢として提示しますが、強要はしません。そして、患者さんと家族が納得して選び取ったことを、全身全霊をかけて支援するのです。医者ができることとすべきことは違うのです。