松山市のたんぽぽクリニックは、永井康徳理事長の「患者に自宅で安心して療養してもらう」との理念の下、24時間・年中無休で在宅医療を行う。在宅患者が痛みや体調不良を訴えれば、Vscanを活用して迅速に診断している。

 「自宅で安心して療養してもらう」。これが、たんぽぽクリニックを開設したときの私の思いであり、この思いはスタッフ全員が共有しています。

たんぽぽクリニック
2000年に永井康徳氏が開設した、愛媛県で初の在宅専門の診療所。02年医療法人ゆうの森に改組した。永井氏がかつて院長を務めた明浜町の国民健康保険診療所が経営難で廃止の危機にあったが、12年、ゆうの森によって「たんぽぽ俵津診療所」として再生した。現在、訪問診療の患者数は約600人。スタッフは常勤医8人、看護師15人、理学療法士3人、作業療法士4人、事務職員16人。クリニックと訪問看護ステーションコスモスのほかに、居宅介護支援事業所コスモス、訪問介護事業所コスモス、はりきゅうマッサージ治療院クローバがあり、介護支援専門員3人、訪問介護員13人、鍼灸マッサージ師3人がいる。
写真:岡 暁(他の写真も)

 私は、愛媛大学医学部在学中からサークル活動を通して僻地医療に関心を持っていました。卒業2年後に自治医科大学地域医療学教室に入局し、僻地医療に必要な知識や技術を習得しました。そして1996年、30歳のとき、愛媛県明浜町俵津地区という、真珠養殖とミカン栽培で生計を立てる小さな集落の国民健康保険診療所に赴任しました。

 「いよいよ医師としての腕が実践で問われる」と意気込みましたが、病気や障害のために思うように動けなくなった住民の多くは、こう訴えたのです。

 「働けんなったら、生きとってもしょうがない。先生、(人生を)終わらしてくんなはい――」

 人の命を助けることが医者の使命と考えていた私は、 “医の原点”とは何かを問われたと感じました。そして、「病気や障害を抱えていても、その人は無二の存在であり、家族や周りの人々に必要とされている。そのことを本人に分かってほしいし、その支援をすることが自分の役割だ」との思いに至りました。

 それからは、診療所を出て、往診かばんを手に患者さんの家を訪ね歩くようになり、この積み重ねが在宅医療に本格的に取り組む礎になりました。

永井 康徳(ながい・やすのり)氏
1966年愛媛県生まれ。92年愛媛大学医学部卒。94年自治医科大学地域医療学教室に入局。96年愛媛県明浜町国保俵津診療所所長。2000年たんぽぽクリニック院長。02年医療法人ゆうの森理事長。

 明浜町の診療所に約5年間勤務した後、2000年に松山市で「たんぽぽクリニック」を開設しました。外来診療を一切行わず、24時間・年中無休の診療体制で在宅医療に専門特化した診療所は、当時は全国的にも数が少なく、愛媛県下では初めてでした。

 これは「地域医療を充実させるには、患者さんの療養生活を24時間支える医療機関が不可欠」との信念からです。私にそのことを確信させたのは、明浜町の診療所時代に最期を看取ったある男性患者さんとその家族でした。

「重症の患者さんこそ、私を必要としている」
 60歳代のその患者さんは末期癌でしたが、「入院するのは死んでも嫌だ」と自宅での療養を強く希望していました。そこから私の訪問診療が始まり、余命1カ月と言われていたその方は、自宅で1年間暮らすことができました。

 ただ、病状が進み、あと1週間はもたないだろうというときになって、奥さんから「入院させたい」との申し出があったのです。「ここまで頑張ってきたのになぜ?」といぶかしく思いましたが、その理由を聞いて、ガツンと殴られたような衝撃を受けました。

 「先生には、よう診てもらっとるけど、町外へ診療に出かけられる姿を見ると不安なんです。先生がおらんときに何かあったらどうしようかと――」

 それだけの理由なら入院させる必要はありません。いつもそばにいることを約束すると、奥さんは「これで、お父さんを家で看取ってあげられる」と涙を流して喜んだのです。「重症の在宅患者さんこそ、私を必要としている。患者さんが最期まで住み慣れた我が家で過ごすには、そばで見守る医者が必要だ」と痛感し、緊急時にも速やかに対応できる在宅医療専門の診療所開設を決意したのです。

 開設当初は、3人のスタッフで松山市内の医療機関や居宅介護支援事業所を回り、「どんな患者さんでも24時間365日、いつでも対応します」とPRしました。その結果、徐々に紹介患者が増え始めました。末期癌などの重症患者が予想以上に多く、私の思いは間違っていなかったと自信を深めました。

 開業後8カ月で引き受けた患者数が採算ラインに達するようになり、診療所の経営は軌道に乗りました。2年後には、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所を併設する医療法人ゆうの森に改組しました。現在は、常勤医8人、看護師15人など総勢65人のスタッフで、600人の患者さんの“生老病死”を見守っています。