高知市の福田心臓血管外科消化器科内科は、患者の生活の質向上を目指し、福田善晴氏と大和氏の2人が診療に取り組む有床診療所。患者の様々な医療ニーズに応え、外来ではVscanを迅速な診断に役立ている。

 「病院に勤務していた時代に、入院患者さんから聞いた『先生、一生面倒を見てくださいね』という一言が、開業を決めたきっかけでした。そんな患者さんの声に対して責任を持つ治療をするため、1996年に19床の有床診療所を開院しました」。福田心臓血管外科消化器科内科を開設した経緯について、医療法人大和会理事長の福田善晴氏は柔和な表情でこう語る。

福田心臓血管外科消化器科内科
1996年に、福田善晴氏が開設した19床の有床診療所。医療法人大和会では、ほかに在宅療養支援診療所のハートフルクリニックや、通所介護事業所とグループホームの複合施設の秦いきいき学校、居宅介護支援事業所のヤードを展開する。さらに善晴氏が理事長を務める社会福祉法人秦ダイヤライフ福祉会では、特別養護老人ホームや有料老人ホームなどを運営。グループ全体で地域に密着した総合的な医療・介護サービスを提供している。
写真:岡 暁(他の写真も)

 徳島出身、徳島大学卒業の善晴氏が、縁あって高知の病院に赴任したのは、今から26年前の87年のこと。高知赤十字病院から市中病院に移り、そこで診療を続ける間、患者から「ずっと見守ってほしい」と望まれることが少なくなかった。「それなら、近くで開業し、お世話をするのが医師の責任だと考えました」と善晴氏はさらりと言う。

 福田心臓血管外科消化器科内科の開設に際して、95年に医療法人大和会を設立したとき、福田氏が掲げた理念は『皆様は、私たちの家族です』。その後、有床診療所、在宅専門診療所、通所介護サービス事業所、グループホームなどを次々に開設してきた。「先に理念があり、その理念を形にするために今日まで活動を続けてきました」と善晴氏は振り返る。

 理念にある『皆様』とは、患者だけでなく、患者の家族、スタッフとその家族、関係するあらゆる業者まで含むという。そして、「みんなが幸せになるには、何が必要なのか、何をすべきなのかも、みんなで考え、実行してきました」(善晴氏)。

福田 善晴(ふくだ・よしはる)氏
1953年生まれ。徳島市出身。1983年徳島大学医学部卒。87年同大大学院修了。高知赤十字病院、高知飯塚病院の勤務を経て、95年に医療法人大和会を設立、翌96年に福田心臓血管外科消化器科内科を開設。2001年社会福祉法人秦ダイヤライフ福祉会を設立。現在、高知県有床診療所協議会副会長、高知大学医学部臨床教授などを兼任。患者も家族もスタッフも全て「家族」という考えで、医療・保健・介護事業に取り組んでいる。

周囲の人の言葉は“神の言葉”として受け止める
 ここまで聞くと、何やら信仰めいた印象を抱くが、善晴氏は「信仰とは違いますが、近いものがあるかもしれませんね」と言う。「かつて勤務先の病院の先輩に、聖人のような先生がいて、その人が『人の言葉を“神の言葉”として聞いている』と語ったことがあるのです。私は得心し、以来、患者さんはもちろん、同僚やスタッフなど周囲の人の言葉を、“神の言葉”として聞いて対応するようにしてきました。そして、そのことに間違いがないことも、身をもって体験しています」と善晴氏は語る。

 「ずっと面倒を見てほしい」という患者の言葉を聞き、それに対応するために開業したのも、こうした考えに基づくものだ。外来だけで対応できない患者がいることは容易に想像がついたので、有床診療所を選んだ。善晴氏が目指していたのは総合医だったが、「開業したら、どんな診療をするのですか」と尋ねられ、「それなら診療科目を診療所の名前にすれば分かりやすいだろう」と考え、結果的に長い名前になったという。

 在宅専門診療所「ハートフルクリニック」の開設にまつわるエピソードも興味深い。有床診療所を開業して間もない97年、肝癌末期で入院していた患者が突然、「家に帰りたい」と言い出した。患者の娘さんが看護師であったことから、自宅での療養生活は問題ないと善晴氏は判断。そして、毎晩訪問診療を続ける中で、患者の表情がどんどん生き生きしてくることに驚いたという。

 「窓からの風景、鳥の鳴き声など、生活の連続性があればこその、輝いた表情でした。本人は幸せに亡くなりましたが、正直、私にはショックでした。有床診療所で快適な療養環境を提供してきたという自負が少なからずありましたから」と善晴氏。それをきっかけに、98年に四国で初めて在宅専門診療所の開設へとこぎ着けた。