福島の現場から見つめる地域医療再生

地域医療福祉情報連携協議会第3回シンポジウム

 2月4日、東京医科歯科大学で「福島における地域医療再生と情報連携 〜放射線と健康リスクをいかに考えるか?〜」と題して、地域医療福祉情報連携協議会の第3回シンポジウムが開催された。地域医療福祉情報連携協議会は、地域医療や地域における医療・福祉・健康における情報連携に関して、「よりよい実現形態」を求めて、経験、意見、情報を交換する場として、多様な活動を展開している。

 今回のシンポジウムのテーマとなった福島県は、東日本大震災により、地震、津波、原子力発電所事故という三重苦の被害を受けた後、復興をめざしている。地域医療再生、放射線と健康の関係を探るという観点から、福島での取り組みが報告された。
  
福島での生涯電子カルテ誕生に期待

地域医療福祉情報連携協議会会長を務める田中博氏

 冒頭で、地域医療福祉情報連携協議会会長を務める東京医科歯科大学大学院 疾患生命科学研究部教授 田中博氏が登壇。「医療ITという観点から今回の震災を振り返ると、電子カルテはまさに光と影の双方を経験した」と語った。例えば、石巻市立病院は、山形市立病院済生館と相互バックアップ体制を構築していたため、その電子カルテデータが利用できた。岩手県周産期電子カルテネットワークのケースでは、内陸部の盛岡市にある岩手医科大学にサーバーが設置されていたため、妊婦は全員健診を受けることができ、母子手帳も復元できた。その一方で、沿岸部の診療所においては電子カルテシステムが機能を失い、災害では使えない、との酷評もあった。
 
 「二度とカルテを消失しないように、圏域階層的地域包括ケアを進める必要がある。福島県ではさらに、全県民を対象に原発事故被ばくの長期的影響を追跡するとともに、相双地域・いわき地域という被災地医療も進めていかなければならない」と田中氏。

 こうした場合に機能するのが、生涯健康医療電子記録『生涯電子カルテ』で、欧州や北米ではすでに先行事例がある。健康リスクを管理する電子的な基盤が得られ、カルテを消失するという事態は起こりえなくなる。「福島県が、日本で初めて生涯にわたる健康情報基盤を持つ地方自治体になるのではないか」と田中氏は展望を語った。

絶望と再生を経験した福島医大被ばく医療班

 続いて福島県立医科大学 救急医療学講座 被ばく医療班 長谷川有史氏が、原発事故直後の同大学の混乱と医療体制再生について講演、当時の様子を生々しく語った。

福島県立医科大学 救急医療学講座 被ばく医療班 長谷川有史氏

 事故直後、最初に認識したのは避難指示だった。3km圏内避難、10km圏内避難、と指示は出るか理由は示されない。発電所で何かあったらしいという情報を得たあと、3号機の爆発で急患が来ることになり、ここで初めて被ばく傷病者を診た。

 その後4号機で火災が起き、2号機で大きな音がして、20〜30kmの屋内退避勧告が出た。被ばく傷病者が次々現れ、ひたすら診療した。ドクターヘリの部屋がからっぽで、広域搬送の自衛隊は飛行自粛。住民はパニックになってどんどん福島から離れた。3月15日、長崎・広島合同緊急被ばく医療支援チームから初めて客観的な説明を受け、大量の被ばく傷病者が発生する可能性があり、すべて福島医大の体育館とプールを使って治療すると聞かされて、長谷川氏は目の前が暗くなったそうだ。

 「絶望した。当初数日間は、夜になるとスタッフが集まって、決まって誰かが大泣きした。誰かが言いたいことを言うのを、みんなで聞くという日々が続いた。しかし、次第にこんなことをしている場合ではない。この災害との遭遇は必然で、肝を据えて対峙するしかないという気持ちになった」(長谷川氏)

 その後、被ばく医療班を結成。設備が不足する中除染機能を確保して、放射線防護、汚染拡大防止という被ばく医療の基本を行うと決め、毎日毎晩勉強会を開きながら事態に対応した。被ばく医療班に何が求められているかを認識するために、福島県庁や医科系大学など多職種多業種の組織と毎日ミーティングを行ったが、ここで活躍したのがWeb会議システムだった。
 
 また被ばく医療班は、原発作業員向け被ばく医療、福島県民の健康管理を優先的に手がけた。5月に入って、消防隊員を対象とした精神面、肉体面での公的支援システムがまったくないことに気づき、放射線に特化した健康相談外来を開設した。長崎大学や広島大学、総務省からバックアップを受けたといい、「福島県外からの支援があって成り立っている」と、長谷川氏は感謝の意を表した。
  
 「原子力災害は現在進行形え3続いているが、確定的影響はないと考えている。他の発がんリスクを減らせば、放射線の健康リスクは抑制可能だ。住んでいる人を幸せにするのが私たちの使命と考え、引き続き努力していく」と語り、出席者からの拍手を浴びた。

福島とチェルノブイリとの違いとは?

 次に登壇した京都大学 名誉教授 丹羽太貫氏は、放射線と健康影響との関係を生物学・防護学の観点から学術的に解説した。放射線が怖いといわれるのは修復の難しいDNA損傷につながるケースがあるからだが、広島・長崎の疫学的な研究から、低線量では被ばくによる健康への影響は小さいというコンセンサスは得られているという。「疫学的には100ミリシーベルト以下は低線量といえる。100ミリシーベルトで生涯がん死亡頻度1%で、100ミリシーベルト以下は統計的に有意でない程度にその頻度が低い。今の福島は、こういう領域について考えればいい」と丹羽氏は語る。

京都大学 名誉教授 丹羽太貫氏

 日本の法令では、50ミリシーベルト/年を超える場合には緊急避難するとされている。これは、健康面でのリスクが起こらないようにするための緊急時の対応だ。その後事態が収束し始め段階では、しきい値を20ミリシーベルト/年から100ミリシーベルト/年の間に設定し、これより高い線量を避ける対策を取る(緊急時状況)。その後事態が収束したところで考えるのが現存状況で、1〜20ミリシーベルト/年の間に収める。
 
 「生活リスクより健康リスクが高い緊急時は、政府の役割が大きい。だが、生活の立て直し場面に入ると、健康リスクより生活リスクを重視するようになるため、地方・地域の専門家や住民の役割が増えていく。線量についての正しい知識を持ち、正しく対応することが必要だ」と丹羽氏は語った。
 
 最後に登場したのは、福島県立医科大学 副学長 山下俊一氏。20年来チェルノブイリで放射線被ばくの研究えお続け、この15年間はカザフスタンの核実験場も研究対象に加えている。これらの地では、外部被ばくのみならず、汚染された大地に住み続ける人々の健康影響を調査してきた。

 その経験から同氏は、福島は原発事故が起こったチェルノブイリとは違うということを強く訴えた。根拠は、チェルノブイリでは大量の放射性ヨウ素が大地にはまき散らされたが、福島ではそうした事態は起こらなかった。また、チェルノブイリでは、住民が汚染された大地で収穫された植物を食べ続けているからだ、と説明する。

福島県立医科大学 副学長 山下俊一氏

 「事故は同じレベル7と判断されたが、規模、原因、死傷者の数、その後の影響はまったく違うことをしっかりと認識する必要がある。また、放射線はある程度遺伝子に傷をつけるが、低線量では治癒する。それに他の因子と総合的に考え合わせるべきだ。最も懸念されるのは将来の発がんリスクだが、がんの原因の中でどの程度放射線が影響を及ぼすかということさえしっかり理解しておけば、喫煙しない、食事の献立に気を配るなどといった方法で、発がんのリスクを下げられる」(山下氏)。

 広島・長崎の12万人の疫学的研究から、100ミリシーベルト以下では発がんリスクを実証できないというのが世界のコンセンサスだが、情報が正確でなかったためにさまざまな混乱を招いた。山下氏は「放射線の防護の基準と実際の健康リスクの間には、大きなギャップがある。物理的な単位と生物学的な影響についてしっかり理解した上で、現場とのコミュニケーションに努めるべきだ」と語った。それに続いて、昨年5月に立ち上げた福島県民健康管理調査検討会で進めている全県民への問診票と県民健康管理ファイルの配布、3月11日以降の県民の行動追跡による被ばく線量の推計、子どもに対する甲状腺超音波検査などの活動を、具体的に紹介した。

(吉田 育代=フリーライター)

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