豪州の医療改革「治療から予防へ、IT活用で地域医療連携を実現」

国際医療福祉総合研究所、第22回HCI21・IUHWオープンゼミ

熱弁をふるうブレイスウェイト氏

 南半球の大国オーストラリア(豪州)は、先進国の中で日本と並ぶ長寿国であり、医療政策もおおむね効果的に運営されていると考えられている。しかしそれに甘んじることなく、数年前から国を挙げての医療・保健制度改革に取り組んでいる。

 国際医療福祉総合研究所は、今年9月にニュー・サウスウェールズ大学のジェフリー・ブレイスウェイト氏を招へいし、「豪州の医療・保健改革はどのように進行して来たのか」をテーマに勉強会を実施した。ブレイスウェイト氏は、著名な医療政策研究者で博士号と経営修士号(MBA)を持つ。同大学医学部の傘下にあり、政府にさまざまな提言をしているAustralian Institute of Health Innovation (豪州ヘルスイノベーション研究所、AIHI)の教授である。

 ブレイスウェイト氏は、豪州と日本の社会や経済、政治について一通り比較した後、「日本は老齢人口が多く、豪州も老齢化が進んでいる。我々は日本から学ぼうとしている」とコメントした。続いて豪州の医療・保健制度改革に言及。「豪州は5年ほど医療・保健制度の改革に力を注いできた。ここ3年くらいでその成果が出始めている」と紹介した。

 豪州では、主に州政府やその下の地方自治体が公立病院を管理・運営し、連邦政府はプライマリーケアなどの事業を担っている。加えて、豪州の州は米国同様独立性が強いため、連邦と州の間で境界上の業務に関して、たびたび論争が起こっていたという。こうした体制に対して「バラバラで非効率だという批判があった。互いの役割をはっきりさせ、連携すべきところは連携を深めようという動きが出てきた」(ブレイスウェイト氏)。

 社会全体でも、医療・保健制度に対する批判や不満が大きくなっていた。ヘルスケア分野での支出増加や医療サービスの需給状況の不均衡、人材の不足、運営の非効率性などに加えて、医療の安全や質に対する人々の関心の高まりもあった。「現状をこなすのに精一杯で将来を考慮に入れていない、行政間での非難の応酬や責任のなすりつけ合い、人々が欲している医療と現状とのギャップ、公立病院やそのスタッフに対するさまざまな圧力、財政面での問題、むだの多い非効率な運営などが大きな問題になっていた」(ブレイスウェイト氏)。

 そこで、7年前に組織されたNational Health and Hospitals Reform Commission(NHHRC)が、大規模な調査などを基に提言をし、改革に乗り出した。医療系サービスに対して予算財源を増やし、治療より予防に焦点を当てた医療の実現を目指すもので、特に糖尿病患者や喫煙者の減少を狙う。
 
 NHHRCは、3つの目標を設定した。1つは主要な医療問題への取り組みで、精神疾患に対する手厚いケア、僻地や田園地帯在住者への医療サポート、公立病院での適時な治療を提供する。2つ目は制度の再編で、疾病予防や早期防止のために新たに省庁を創設し、ヘルスケアと老人ケアの連結と統合、次世代に向けたプライマリ・ヘルス・ケア(一般的な医療)のプラットフォームの確立を実施する。3つ目は、機動性のある自律的医療制度の創設。消費者(患者)の関与の拡大、現代的で知識のある医療従事者、データや情報、通信の賢い利用、十分に練られた予算措置と戦略的な購買などである。

●IT技術の活用で病病連携・病診連携を進める

 具体的には、医者や看護師など医療従事者を増員する、フィジオセラピストや心理学者、精神科医を揃えたGP(ジェネラル・プラクティショナー)スーパークリニックをコミュニティ(病院外)に創設する、国家的なe-Healthシステムを構築する、地方での医療従事者を増やす、病院や医学系研究所、訓練施設などに投資する、財政的に持続できる老人ケアや医療・保健制度を創設する、などだ。アボリジナルとそれ以外の国民間にある平均寿命の差をなくす、という豪州ならではの指針もある。なお、ジェネラル・プラクティショナー(GP)とは、最初に診察を受けるかかりつけ医のこと。豪州では英国同様、GPがまず診察して、その診断結果を基に患者を病院や家庭での療養などに振り分ける仕組みになっている。

 IT関連では、豪州でもElectronic Health Record(EHR)の導入を進めている「連邦政府は、アクセンチュアやオラクルなどのIT企業と業務提携を考えている」(ブレイスウェイト氏)。現段階では、政府の予算で患者がコントロール・管理する形のEHRシステムを導入する構想だという。病院で診察を受けた時のほか新生児誕生の届け出時に、EHRが作成される。現在は、IDをどうやって管理するかが議論の中心になっているという。

 このほか、2〜3年以内に地域の病院ネットワーク「eHealth」を構築する計画もある。病院や医療施設をリンクするもので、連邦立病院や指導的立場にある主要な病院を中心として、病病・病診連携のネットワークを構築する。「ITを活用して、情報をシェアする、患者の管理をする、などを実施する。完成すれば、病院とGPと医療サービスがITでつながる」とブレイスウェイト氏は説明する。

 予算に関しては、「州政府は余裕がない。連邦政府が、インフラの維持や更新、一般に提供される医療サービス、調査費用などの60%の資金を負担するべきだと考える」(ブレイスウェイト氏)。これまで連邦政府の支出は、1999年以来ほぼ一貫して下がってきており、2007-8年度で40%弱である。これを60%に上げようというものだ。

 ただし、やみくもに医療関係予算を増やすものではない。逆に、こうした分野に戦略的に資金を投じることで、全体としての医療費を抑制する狙いがある。豪州の医療費は、対GDP比で1960年は4%以下だったが、現在は12.4%、2040年度には19%になると予測されている。これを、2032年度の段階で12.2%に抑えるのが目標だという。

 例えば、病院から退院する患者数を見ると、豪州は人口1000人当たり160人だが日本は100人強。「豪州は入院し過ぎで、効率的な医療が施されているとは言えない。AIHWは入院の9.3%は必要ないものだったと見ている」(ブレイスウェイト氏)。ITの活用などで、こうした部分でも効率化を目指すという。

 この方針を支えるために、独立系の病院医療費設定機関、国民の健康指標管理機関、ヘルスケアの安全性と品質に関する委員会、と3つの機関が設立された。「“困難な旅路”となりそうだが、改革は着実に進んでいる」とブレイスウェイト氏は締めくくった。

(本間 康裕=医療とIT/デジタルヘルスOnline)

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