【インタビュー】従来の医療業界の考えを打ち破ってほしい

妙中 義之 氏 国立循環器病研究センター 研究開発基盤センター長 研究所副所長

 多くのエレクトロニクス企業が,次代の有望市場として関心を示し始めている医療分野。逆に,医療現場からのエレクトロニクス業界に対する期待も大きい。国立循環器病研究センターの妙中氏も,「エレクトロニクス企業の参入が重要」と訴える一人だ。

 医工連携の第一人者である妙中氏は,2009年に設立された「日本の技術をいのちのために委員会」の代表も務めるなど,優れた技術を医療分野に生かすための活動を精力的に進めている。同氏に,エレクトロニクス企業への期待などを聞いた。(聞き手は小谷 卓也=日経エレクトロニクス/デジタルヘルスオンライン)



─医療分野に参入しようとするエレクトロニクス企業に,何を期待していますか。
 

妙中 義之 氏(たえなか よしゆき)

1976年に大阪大学医学部を卒業後,同大学医学部附属病院に勤務。大阪厚生年金病院,大阪府立病院を経て,1980年から国立循環器病研究センターに勤務。1987年に人工臓器部人工臓器研究室室長,1995年に人工臓器部部長,2007年に研究所副所長 先進医工学センター長などを経て現職。
(写真:吉田 竜司)

 これまでの医療業界の“独特な”考え方を打ち破ってほしい。極端に言えば,現在の医療業界の考え方が「間違っている」ということを示してくれたっていいと思っています。

 そして,開発スピードの速さにも期待しています。エレクトロニクス業界という競争が厳しい世界にいる強みを生かしてくれれば,医療機器開発のスピードもアップするのではないかとみています。

─「医療業界の独特な考え方」とは,どのようなことでしょうか。

 例えば,品質管理については「QMS(quality management system)」という医療機器独自の規格があります。これは,(品質管理規格として一般的な)ISO9001の要求に十分対応できるような企業であれば,決して取得が難しい規格ではありません。しかし,異分野の企業からすると,何となく分かりにくい独特な規格であることは間違いないでしょう。

 医療機器の薬事審査に関しても,これまでのやり方には独特の問題があると感じています。審査する側も審査される側も,お互いに探り合いながら,オーバースペック気味に進めているのが実態です。

 従来の医療機器メーカーは,もちろんこうした規格をクリアするノウハウを持っています。しかし,このような独特の世界のままでは,産業としての成長が見込めません。新しい考え方が必要です。薬事審査についても,現在のようなオーバースペックではなく,適切な高さまでハードルを下げる考え方もあり得るでしょう。これまで医療に関わってこなかった企業にとっても,参入しやすい環境をつくらなければなりません。

 エレクトロニクス企業は,例えば医療機器と同様に高い品質が求められるクルマや産業機器などにも部品を供給しています。こうした経験から得た,エレクトロニクス業界ならではの品質管理の考え方を持ち込み,“ビッグ・バン”を起こしてほしいと期待しているのです。すると,従来の医療機器メーカーの中には駆逐されるところが出てくるかもしれません。私は,それも仕方ないと思っています。

─そのようなエレクトロニクス企業に対する期待の一方で,実際には医療分野への参入に対して慎重になっている企業も少なくありません。

 医療という分野に対して漠然とした不安があるのだと思います。例えば,製造物責任法(PL法)によって,何か事故が起きた際に訴追されるのではないかと危惧している企業もあるでしょう。

妙中氏が次長を務める医療イノベーション推進室は,2011年1月に創設された。(写真:内閣官房)

 しかし,これまで医療機器の部材供給メーカーが訴追された例は,日本では一例もありません。海外では以前,ある企業が訴追されて経営危機に陥ったことがありましたが,その後,体内埋め込み機器向けの部材に関してPL法の訴追免除対応がなされました。これにより,今では訴訟社会である米国でさえ,部材供給メーカーが訴追される例は大幅に減っています。

 部材供給メーカーは,医療機器メーカーときちんとした契約書を交わせば,漠然とした不安を抱く必要はありません。私は,経済産業省に対して,契約書の整備や,現状を正確に伝えてもらうことをお願いしています。

 薬事法という障壁もあります。新技術を用いた機器ほど,多くの治験が必要になります。これについては,異分野の企業が治験をクリアしやすくするための専門組織をつくってはどうかと考えています。つまり,各企業が薬事関連の部門を持つのではなく,薬事を専門に手掛ける会社をつくればいいと。こうしたインフラづくりも,国が進めていくべきだと思います。

 2011年1月に,内閣官房に「医療イノベーション推進室」が創設されました。医療機器や再生医療などの分野において日本発のイノベーションを起こすことを目指す組織で,私はこの推進室の次長に任命されました。こうした組織を通して,前述のPL法や薬事法に関するアイデアを具現化していきたいと考えています。

─妙中氏が代表を務める,日本の技術をいのちのために委員会も,異分野の企業の新規参入を促す組織だと聞いています。

 PL法や薬事法とは別に,異分野の企業が参入をためらう理由としては,風評被害への懸念もあると思います。

 ある医療技術によって何らかの事故が起きることは,もちろん大変不幸なことです。ただし,その技術は,それまで何百人もの命を救い,これからも多くの命を救う可能性があるわけです。それでも,国民の視線は何か起こったことばかりにいきます。マスコミの問題もありますが,多くの命を救ってきたことは国民に伝わりません。それは,国民が将来受けられるであろう優れた医療技術を,自ら拒否していることに他ならないのです。

 だからこそ,国民のコンセンサスを得ることは非常に重要なことだと考えています。医療に取り組む企業は国民の命に貢献しているというイメージや世論形成を目的とするのが,2009年8月に設立した,日本の技術をいのちのために委員会です。数年前までCSRの世界だった環境(エコ)の分野は,もはやビジネスになっています。国民のコンセンサスを得られれば,医療の分野もエコと同様に,急速に進展するでしょう。

─多くのエレクトロニクス企業は,医療分野に対する技術シーズを持っていますが,まだ十分に生かされていません。その一因には,医療現場のニーズを適切に把握できていないという理由もありそうです。

(写真:吉田 竜司)

 ニーズとシーズのマッチングは,非常に重要なポイントです。医師や看護師,検査技師などは,それぞれ現場で「こんなものが欲しい」と日々考えています。しかし,そのニーズをどう実現したらよいのか分かりません。だから医療現場としても,技術シーズを持った企業とコミュニケーションを取っていく必要があります。

 以前,大手自動車部品メーカーを招き,同社の技術を医師や看護師,検査技師などにプレゼンテーションしてもらいました。ある内科の先生は大喜びで,「これは絶対,物になるから一緒にやりたい」と。さらに,看護師は,ディスカッションでメーカーの技術者を放さないんです。「この技術はこんなふうに使えるんじゃないか」と。盛り上がって仕方なかったですよ。

 このような,ニーズとシーズのマッチングによる新たな医療技術の事業化を推進するために,我々は専門の組織を設けました。国立循環器病研究センター内に 2010年4月に立ち上げた,研究開発基盤センターがそれです。我々が持っている明確なニーズを事業化していこうというわけです。

 もちろん,そのニーズを満たす技術を保有するエレクトロニクス企業などとの連携は不可欠になってきます。このような取り組みが,あちらこちらで活性化していくことがとても重要です。



インタビュー後記
 保守的という医療業界のイメージに反して,ある種の“自己否定”まで飛び出した妙中氏の数々の発言は,非常に新鮮でした。その一端は,インタビューでお分かりいただけたかと思います。

 医療という閉じられた世界からの脱皮を,妙中氏は頭に描いています。今回のテーマであるエレクトロニクスとの融合だけでなく,あらゆる業種との連携による産業創出を具体的に構想しているようでした。その昔,線路が敷かれるとその周辺に街が生まれ,住宅や商業,娯楽などさまざまな産業に鉄道会社が大きく関わっていったのはご存じの通りです。「かつての鉄道の役割を,これからは医療(病院)が果たすようになる」──。妙中氏が口にした未来は,そう遠くない話なのかもしれません。



※出典:デジタルヘルスオンラインより転載(2011年4月27日掲載)

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