シンクライアントを活用した電子カルテ相互参照システム「おしどりネット」の構築:鳥取県のケース――第14回医療情報学会春期学術学会

 日本で初めて病院にシンクライアントを導入したのは、鳥取大学医学部附属病院である。同病院の医療情報部副部長である桑田成規氏は、高松市で開催された第14回医療情報学会春期学術学会で、シンクライアント導入とそれを病院間連携にまで応用拡大した試みについて、講演を行った。

 「おしどりネット」は、シンクライアント技術を応用した電子カルテ病院間相互参照システムの名称である。同意した患者のデータを、双方のシステムから相互に閲覧できる。鳥取大学医学部附属病院が主体となって構築したこのネットワークは、隣接自治体にある西伯病院との間で、2009年7月10日に運用を開始した。

●運用開始10か月で登録患者111人、アクセスできる医師360人に
 

鳥取大学医学部附属病院の医療情報部副部長である桑田成規氏

 電子カルテシステムが中心だが、そこからリンクをたどって、心電図など60種類のアプリケーションすべてを相互閲覧できる。情報公開に同意した患者の情報のみを公開するが、同意書の取得率は5割程度だという。2010年5月現在、登録患者は111人、アクセス権限を持つ医師は鳥取大学病院319人、西伯病院51人。アクセスの内訳は、西伯病院から鳥取大学病院へのアクセスが80%を占める。

 閲覧されているデータ(全528件)は、カルテ37%、検体検査7%、画像5%、処方4%、経過記録(ケアフロー)3%となっている。「患者が退院・検査後に、紹介元の病院でふたたび診察を受ける際に、医師が情報を得るためにアクセスすることが多いようです」と桑田氏は説明する。

 おしどりネットは、画面転送型シンクライアント技術を利用している。これは、アプリケーションの実行など全ての処理をサーバー上で行ったうえで、ネットワークを通じて端末に画面データだけが転送される方式。逆方向の端末からサーバーへは、マウスやキーボードで入力した情報が転送される。鳥取大学医学部では、これに先駆けた2008年から画面転送型シンクライアントが稼働している。今回はこのシステムを病院間連携にも応用した。

 具体的には、病院間を専用回線として利用する鳥取情報ハイウェイで接続。両方の病院にファイアウォールを2カ所導入し、外部ネットワーク(インターネット)からも内部ネットワーク(病院内部のネットワーク)からも隔離された区域を作る。これを、DMZ(DeMilitarized Zone、非武装地帯という意味)と呼ぶが、ここに仮想化サーバーを各病院1台ずつ置く。ちなみに、外部に公開するサーバーをDMZに置いておけば、(1)外部からの不正なアクセスを排除できる、(2)公開サーバーが乗っ取りなどの被害にあったケースでも内部のネットワークやシステムにまで被害は及ばない、というセキュリティ面での利点がある。

●シンクライアント導入で低コスト高セキュリティを実現
 

シンクライアントのシステム概要図

 鳥取大の電子カルテシステムはIBMのCIS、西伯病院では富士通のHOPE/EGMAINを使っている。それぞれのアプリケーションが、それぞれの院内のシステムにアクセスしてデータを採取。それを仮想サーバーで画面情報にして、請求した相手側病院のクライアントPCに転送する。

 桑田氏は「シンクライアント技術を応用し、このサーバーで電子カルテシステムと画像閲覧システムを稼働させて、クライアントPCに画面情報のみを転送するようにしました。実際の診療データは全く移動しないため、情報漏えいのリスクがきわめて小さくなります。もちろん、IBMと富士通のアプリケーション間で、データ自体を相互にやり取りすることはできません」と説明する。

 画面情報とは、サーバーで作られた仮想的な画面で、患者の情報を見ることができるが、コピー&ペーストも印刷もできない。電子カルテデータ本体は、互いの病院にあるファイアウォールで守られた非公開サーバーに収納する。

 クライアント端末に関しては、シンクライアント専用の小型端末(Nexterm RT-500)を470台導入した。現場では、看護師がワゴンに乗せて利用している。モニター背面に本体(モニターの半分以下の大きさ)を取り付け、省スペースキーボードを採用した。専用外部バッテリーで最大7時間の稼働が可能である。従来から使っていたデスクトップも、210台分を改造。ハードディスクを取り外して、フラッシュメモリー、既存パソコンに取り付け可能なDisk on Module、画像閲覧のためのグラフィックボードを搭載した。

 桑田氏は、「今回の導入コストは総額700万円で済みました。端末価格を除けば、500万円以下になります」。また、運用面で見ると、消費電力が少ないため全体として消費電力が10%減少するのに加えて、クライアントがほとんど“空っぽ”なため故障が50〜60%減少する、とコスト減につながる要因がそろっている。

●おしどりネット稼働まで1年間の協議を重ねる

 おしどりネットは、まず2008年8月25日に検討部会を発足させることからスタートした。その後月1回のペースで運用ルールなどを検討し、2009年4月に倫理委員会申請・承認、実施計画・同意書書式の承認を経て、仮想化サーバーの設置にこぎ着けた。5月に鳥取県情報ハイウェイに接続し、6月からテスト運用を開始。相互接続試験、操作研修、個人情報保護講習、模擬患者での操作訓練を実施した後、2009年7月10日に本運用を開始した。現在は、おしどりネット運営協議会を隔月開催、実務者の会議を隔月開催しており、実質的に毎月顔合わせをしていることになる。

 検討部会では、どの範囲までデータを共有するかについて、突っ込んだ話し合いを行った。「結論としては、電子カルテのデータは全部見せることに決めました。お金がかかるのでシステム改造はやりたくないし、改造するとその後の運用や改修にさらにお金がかかります。ただし、システム的にアクセス制限はしない代わりに、ルールを作って相互に監査することにしました」(桑田氏)。

 具体的には、(1)医師全員に開放するのではなく講習を受けた人だけにおしどりネットにアクセスできるIDを発行する、(2)アクセスログを交換して不正なアクセスがないか相互監査する、(3)医師から患者の情報公開同意撤回書の提出があった場合当面公開を中止し次の協議会で最終決定を下す、を決定。とりあえず開始後3年間は、この体制で運営することになった。

●課題は多対多接続実現とアプリケーション利用上の問題解決

 順調なスタートを切ったおしどりネットだが、課題もある。1つはアプリケーションの問題。1つのアプリケーションをサーバーに入れて複数ユーザーで使う方式なので、そもそもアプリケーションに複数プロセスで起動できる仕組み(マルチユーザー対応)が必要になる。「今回は、空いているユーザーIDを捜してログインするアプリケーションを独自開発して対応しました」(桑田氏)。もう1つがサイトライセンスの問題。「厳密に言うと、アプリケーションをほかの病院に使わせているので、非常に微妙な部分があります。今回はまずベンダー側と協議をして、一部のベンダーとは利用に関する契約を新たに結びました。この面では、ベンダー側の協力が不可欠です」(桑田氏)。

 もう1つの課題は、n対nネットワークへの変身である。現在のおしどりネットは、1対1のネットワークだから実現している部分が大きい。n対nにするには、患者登録など手続きをする組織やシステムを管理する組織を設立するなどして、診療現場の負荷を軽減する必要がある。「n対n接続になったら、シングルサインオンなど使い勝手のよい仕組みの導入はもちろん、システム能力の増強も必要です。まず当面は、鳥取大学病院にアクセスして電子カルテを見ることのできる医院を増やすことから始めるのが現実的だと考えています」と、桑田氏は講演を結んだ。

(本間 康裕=医療とIT 企画編集)

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