ユビキタスICTは健康医療分野を変革できるか---第2回ICT医療フォーラム開催

 3月4日、日本経済新聞社は総務省と共催で「ICTによる高度医療社会の実現」と題した第2回目ICT医療フォーラムを都内で開催した。今回は、ICTを用いた個人や医療機関による診療情報、健康情報の活用方策や、医療現場でのユビキタスネット技術の有効な活用法などをテーマに、健康医療分野の将来像についての講演・討論が行われた。


東京大学大学院情報学環准教授の山本隆一氏

●高齢化社会での健康生活に不可欠な日本版EHR

 
 基調講演には、東京大学大学院情報学環准教授の山本隆一氏が登壇。「ユビキタス健康医療の基礎としてのEHR」(EHR=Electronic Health Record:電子健康記録)と題して、従来の診療情報の保管・活用の現状、総務省・厚労省・経産省の三省連携で構築を進めているEHR実行基盤の実装事業を紹介しながら、日本の健康医療情報のあり方について提言した。

 山本氏はまず、健康医療情報の現状について触れた。処方せんや服薬指導書、特定検診、企業検診など、相当量の情報が患者や市民に手渡されており、しかもその多くがすでに電子化された状態で提供されていると指摘。しかし、「これらの情報は、長期にわたって活用されているとは言い難い。診療録は5年、調剤記録は3年という保存義務期間を超えた情報は、一部の患者さんを除いて活用されることなく、消えていっているのが現状。すべての患者情報を、例えば50年間にわたって管理・活用しようとすれば、莫大なコストが必要となる」(山本氏)。

 現在の日本で、大きな医療的問題として生活習慣病と悪性腫瘍が挙げられる。これらは非常に長い経過をたどる疾病であるため、場合によっては、子供のときまでさかのぼって健康医療情報を分析することが必要になる。山本氏は「いつの間にか健康医療情報が消えていくという現状は、決して好ましい環境ではない。受け取った情報は、必要なときに必要な医療者に提示できる状況を作ることが、高齢化社会を迎えるわが国の健康・医療対策の底上げになるのではないか。健康医療情報を、各人が必要なときに活用できる基盤を早急に作る必要がある」と訴えた。

 EHRは、こうした医療のIT化と社会環境や医学的ニーズの変化に伴い、電子的な医療情報を個人の視点で長期にわたって活用しようとするもの。山本氏は、国内外でさまざまな展開が行われていることを紹介した。日本では、政府のIT新改革戦略(2006年)で、「2010年度までに個人の健康情報を『生涯を通じて』活用できる基盤を作り、国民が自らの健康状態を把握し、健康の増進に努めることを支援する」とEHRに言及している。また、新たなIT国家戦略「i-Japan戦略2015」では、医療・健康分野のテーマの1つとして日本版EHRの実現をうたっており、2015年の実現を目標に今後健康情報活用基盤実証事業が展開される計画である。

 「健康情報活用基盤実証事業では、医療機関からは診療サマリー、薬局からは調剤情報、検診機関からは検診データなどを、健康情報活用基盤(日本版EHR)で蓄積・管理する。例えば、保健相談センターの保健師と自分の情報を参照しながら健康相談ができる、糖尿病の兆候がある人はフィットネスクラブの管理者と情報を基に適切な運動プログラムを作成・実行できる、といった環境を構築する。同時に、医療・健康情報を匿名化して、自治体が地域内の健康や疾病状況を把握したうえで健康施策を実施できる仕組みも構築する」(山本氏)。住民の健康づくり支援、患者中心の医療、被保険者の健康指導、さらに自治体による地域住民の健康状況の把握――個人の権利を侵害しないことを前提として、医療・健康情報のやり取りができる基盤の構築である。

 この実証事業は、2008年度から3か年にわたって沖縄県浦添市で行われている。その後は、自治体のユニバーサルサービスとしての展開を進め、総務省管轄の全国地域情報化推進協会で構想している「地域情報プラットフォーム」での展開を進めていくという。

 「浦添市の実証実験を踏まえて、次は沖縄全体、そして九州全域へと広げていきたい。区域が拡大すれば、設備投資のコストパフォーマンスが非常によくなり、ユニバーサルサービスへの道が開ける。これらの施策を7回、8回と繰り返して拡大していけば、全国をカバーできるのではないか。ますます進展する高齢化社会で、医療機関や地域コミュニティと協力しながら、健康な生活を送るための基盤になるだろう」と山本氏は期待を述べた。

 
●さまざまな実証実験が展開されるICTによるユビキタス医療

 「ICTによるユビキタス健康医療社会の実現に向けて」と題されたパネル討論では、医療分野におけるユビキタスICTの臨床実験を行っている医療従事者や、ICT関連企業の幹部が実証実験の成果を発表。今後、健康医療分野でどのような利活用が見込まれるかについて、さまざまな意見が出された。

 まず、パネル討論のコーディネーターを務めた東京医科歯科大学大学院の田中博氏が、ユビキタスICT医療は「いつでも、どこでも最良の医療・健康管理を受けられる情報環境である」と定義。病院内では医療のトータルIT化・医療過誤防止に、地域における災害や救急時医療のIT化、さらに生活圏での健康医療、在宅医療などホームヘルスケア分野と、さまざまな領域に適応できると指摘した。

 NTT東日本関東病院の折井孝男氏は、トレースモデルシステムの実証実験について解説。病院内で発生する医療廃棄物、可搬式の医療機器(院内使用の車いす)、医薬品を対象に、病院内での安全性担保という視点から、ユビキタス医療推進の一環として行った事業である。中でも医薬品のライフサイクル管理は、(1)注射薬はバーコードで個装管理できるため既存システムで入庫管理、(2)アンプルごとに電子タグを付けてバーコード情報とひも付け、(3)それぞれの払出し、病棟での実施、廃棄までを追跡する、という本格的なもの。「医療の安全・安心を高めると同時に、業務効率の改善を図るための実証実験で、調剤過誤の防止、業務の効率性と正確性において、ユビキタス技術が寄与することが認められた」と折井氏は指摘した。

 NECの齋藤直和氏は、秋田大学医学部附属病院と共同で行ったベッドサイドモデルシステムを紹介した。これも病院内における電子タグ利用の実証実験で、点滴台に装着したパッシブタグリーダーで、患者・注射実施者・注射パックの電子タグを読み取り認証するとともに、電子カルテシステムの注射オーダー情報と自動照合して判別するもの。「看護業務の負荷軽減と、患者さんへの誤投与、取り違え防止に効果がある。病床タイプ別、患者容態別、診療科目別などさまざまなケースで検証しており、現在は仮想病室での実験を終了し、まもなく実運用環境での実験を開始する」(斎藤氏)と述べた。
 

パネル討論の様子。出席者(左から)は、田中博氏(東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育部 教育部長・教授)、神野正博氏(社会医療法人財団菫仙会 恵寿総合病院 理事長)、前原和平氏(JA福島厚生連 白河厚生総合病院 院長)、山本隆一氏(東京大学大学院情報学環 准教授)、折井孝男氏(NTT東日本関東病院 薬剤部長)、齋藤直和氏(NEC 医療ソリューション事業部事業推進部長)、篠田英範氏(保健医療福祉情報システム工業会 標準化推進部会副部会長)、土屋文人氏(東京医科歯科大学歯学部附属病院 薬剤部長)

 
 続いて、白河厚生総合病院の前原和平氏は、ICT経済・地域活性化基盤確立事業(ユビキタス特区事業)の1つとして実施された、ユビキタス慢性疾患サポートセンターの実証実験を紹介。同病院の1階ロビーに設置された血圧計と体組成計を利用して、利用登録した人が血圧、体重、体脂肪率を測定すると、赤外線通信で携帯電話にデータが転送され、さらに慢性疾患サポートセンターに送信される。同センターの疾患危険予測データベースによる判定で、異常な測定値を示した人にはメールで検診を促すとともに、24時間の検診予約受付を行う仕組みである。

 「実験期間中、500人を対象にしたアンケートを実施したが、このようなシステムで病院での検診を勧められれば受診したいと回答した人が圧倒的で、問題となっている検診率の低さを向上させることができるのではないかと考えた。さまざまな場所で容易に測定でき、情報を一元化して医学的に管理できれば、生涯にわたる健康づくりに寄与できるはず」(前原氏)と、ユビキタスICTへの期待を表明した。

 東京医科歯科大学歯学部附属病院の土屋文人氏は、ICTによるユビキタス医療をきっかけに、従来の病院情報システムを再構築していく必要があるのではないかと指摘した。「現在の病院情報システムは、20年ほど前に設計されたものがベースになっている。しかし、例えば薬剤部の業務は20年間で大きく変化したし、持参薬の使用や後発品の推進などもあり、従来のシステムで想定していなかったことが発生している。今一度、業務の変化や臨床ニーズの現状を踏まえて、新たな発想でシステム設計をしていかなければならない」(土屋氏)と提言した。

 協賛企業による講演も行われた。シスコシステムズの岩丸宏明氏が、「生活に不可欠で国民全般に公平かつ安定的に提供できる健康医療サービスに、広域ブロードバンドネットワークがどういった価値で寄与できるか」についてプレゼンテーションした。岩丸氏は、少子長寿化、増大する医療費・医療崩壊、健康増進という課題に対して、「住民・医療機関・地域コミュニティセンターなどが連携して健康医療情報を共有し、コミュニケーションあるいはコラボレーション機能を付加した環境を作ることが大切だ」と提言。例えば、少子長寿化に対しては生みやすく、育てやすい環境こそが重要と指摘。ICTを利用すれば、妊産婦が地域コミュニティセンターの担当者と自宅からテレビ会議やテレビ電話による健康相談ができ、かかりつけ医や地域中核医病院とも広域ブロードバンドを活用したコミュニケーションが可能になる、と解説した。

 また、医療費や医療崩壊という問題に関しては、情報共有とコミュニケーション機能を使って、引退した看護師や自身の出産・育児のために休暇中の医師などを有効活用することができるのでは、と提言した。さらに、健康増進のためのフィットネスクラブとの連携、特定検診で問題があった場合に保健師による生活改善のための指示をICTツールで受信するなど、さまざまな関係組織が連携する環境をICTで構築することが可能だとした。
(増田克善=委嘱ライター)

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