「電子カルテは普及しない」と指摘される日本の医療IT

米国人識者が悲観視する、その根拠とは……

 厚生労働省が情報化のグランドデザインを策定、改めて電子カルテの普及に向けた道筋が示された。だが、電子カルテの導入が急速に進む米国の識者は、「日本では難しいのでは」と指摘する。では、日本のIT事情が抱える、普及を阻害する根拠とは何なのだろうか。

米IBMで医療分野のコンサルティング部門のトップを務めるイヴォ・ネルソン氏

米IBMで医療分野のコンサルティング部門のトップを務めるイヴォ・ネルソン氏

 「日本で電子カルテを普及させるのは容易ではない。遺伝子治療が本格化して日常診療が複雑になり、電子カルテが不可欠な状態にでもならない限り普及しないのではないか」。こう語るのは、米IBMで医療分野のコンサルティング部門のトップを務めるイヴォ・ネルソン氏だ。

 日本の医療機関の電子カルテ導入率は、2005年10月時点で病院21.1%、診療所では7.6%にとどまる。政府は医療情報の共有などを目指し、電子カルテの普及を推進しようとしているが、近年電子カルテの導入が急速に進む米国の専門家は、日本での普及には懐疑的だ。

厚労省はメリットを強調するが……

 今から6年前の01年、厚労省は「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」を策定。06年までの医療分野のIT化戦略を打ち出した。これは、IT化への旗振りの役目は果たしたものの、「400床以上の病院および診療所の6割に電子カルテ導入」という目標は達成できていない(下の表1)。

 そこで厚労省は、今年3月27日に公表した新たなグランドデザイン(医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン)で、使う側のメリットを強調するという作戦に出た。

表1 2001年度策定のグランドデザインの達成度(目標は2006年までのもの)

 同省労働政策担当参事官室兼社会保障担当参事官室政策企画官の岩井勝弘氏は、「今回は国民や医療機関などの『ユーザーの視点』で作ったものであり、将来の医療の理想像を描いた」と狙いを話す。

 グランドデザインが示したメリットと将来像を示したのが、下の表2だ。医政局研究開発振興課医療機器・情報室管理係長の中安一幸氏は、「電子カルテなどは医師の入力業務の増加を伴うが、情報を電子化することで将来の医療の質は間違いなく高まるはず」と語る。なお、200床以下の医療機関では、電子カルテ導入の投資効果が見えにくいとされ、標準化された電子紹介状ソフトが同省より配布される見込みだ。

 具体的な数値目標は、グランドデザインには設定されず、首相官邸の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)の「IT新改革戦略」に盛り込まれた。そこでは、電子カルテやオーダリングシステムを「2010年度までに200床以上の医療機関のほとんどに導入する」とされている。

表2 新グランドデザインとIT新改革戦略が示した主な目標

「医療費が低いため無理」

 だが、政府がどんなに声をかけたところで、電子カルテの導入はそれほど進まないと米国の識者は見る。その理由としてまず、彼らは日米の医療費水準の違いを指摘する。
 ネルソン氏は、「米国で電子カルテの導入の機運が高まったのは医療費が高騰し、公的医療保険制度の破綻が避けられないため」と説明する。電子カルテの導入で事務コストなどを削減し、医療費を削減しようという圧力が強いというわけだ。

 米国ではそのような背景があっても、政府からの財政支援が不十分で、現場の医師は診療スタイルが変わる電子カルテの導入に不満を示していたという。「日本のように医療費が十分に低い地域では、電子カルテの導入へのハードルはさらに高い」(ネルソン氏)。

 ネルソン氏によると、米国で近年やっと医師が電子カルテに注目し始めたのは、P4P(Pay for Performance)が広まって、収入面のインセンティブが付いたため。

 P4Pとは、特定の疾患に対する薬剤の投与率など、医療のプロセスやアウトカムの評価に応じて診療報酬を支払う制度。医療の質を急性心筋梗塞へのアスピリン投与率、市中肺炎入院患者への4時間以内抗菌薬投与率などで数値化。その結果から、上位の医療機関にはボーナスを支払う一方、下位の医療機関への報酬を減額する。自分が行った診療行為から“医療の質”を取り出す作業は、当然デジタルデータであれば簡単になる。だが、現在の日本ではすぐにP4Pのようなインセンティブが働くとは考えにくい(P4Pについては、「日経ヘルスケア」4月号のレポート「日本に先行する米国の医療IT システムの標準化が急速に進む」で詳報)。

米デューク大学メディカルセンターCIOのアシフ・アーメド氏

米デューク大学メディカルセンターCIOのアシフ・アーメド氏

 米国などで導入の進むカルテの代行入力についても、日本ではまだ数はわずかだ。厚労省も電子カルテの導入に伴う業務負担の増加は認めるが、「入力補助者の雇用に対する財政支援などは難しい。IT化は利便性の向上、効率化などのメリットを踏まえて医療機関が判断すべきもの」(岩井氏)としている。

 電子カルテの普及が進まないのは政策的な誘導が不十分なためだけではなく、医療機関側にも問題はある。米デューク大学メディカルセンター最高情報責任者(CIO)のアシフ・アーメド氏は、“出身医局方式の治療法”が残る日本の医療について、「カルテの記載方法が統一されていなかったり、病院に医療情報専任者がいない状況では電子カルテの導入は不可能」とまで言い切る。

 電子カルテが十分に普及するためには、日本の医療IT事情が抱える課題はまだまだ山のようにあるようだ。(山崎 大作=日経メディカル編集)


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