事例研究:橋本市民病院

 和歌山県橋本市にある橋本市民病院は、地域の中核となる公的医療機関だ。隣接する奈良県五條市からの患者も多い同病院は、2004年に市街から郊外に移転した。移転に合わせてオーダリングシステム電子カルテを一挙に導入、フルオーダーリング、ペーパーレスフィルムレスの環境を実現した。ここでは、橋本市民病院における医療ITシステム導入の経緯と効果について紹介する(別掲のインタビュー記事も参照)。

オーダリングと電子カルテを同時に導入

図1 2004年に橋本市の中心部から郊外に新築移転した橋本市民病院

 2004年11月に、現在の橋本市小峰台に新築移転した橋本市民病院(図1)は、市街地にあった旧病院の約4倍の敷地面積と約2.5倍の床面積をもつ病院として生まれ変わった。前回の新築工事から40年余りが経過した旧病院では、最新の医療機器を設置することができず、手術室も手狭であったことが移転に踏み切った大きな理由だ。

 同病院では、移転と同時に医療IT導入を実施した。旧病院では、各科別にカルテを管理しており、外来患者が別の科でどんな治療や投薬を受けているのかさえ分からない状況だった。また、医療安全が注目を集めていた時期でもあり、患者への説明や患者満足度の向上にITが役立つのではないかと考えられた。

図2 副院長の西口 孝氏

 そこで橋本市民病院では、電子カルテとオーダリングシステムを一挙に導入することに決めた。採用したのは、NECの中〜大規模病院向け電子カルテソリューション「MegaOak-BS」。手術、看護管理、PACS、検査、薬材、内視鏡、超音波など、ほとんどのサブシステムを含めたシステム構成とした。

 導入の総指揮をとった副院長の西口孝氏(図2)は、「新築移転を機に、できるだけフルオーダーリング、ペーパーレス、フィルムレスで運用できるように、サブシステムをいかに完璧に組み合わせて導入していくかを考えました。同時に、医療情報システムの安全管理に関する厚生労働省のガイドラインに準拠できるように指紋認証システムを導入し、セキュリティ確保も実現しています」と話す。

業務に合わせたIT導入ではなくIT導入で業務改革

 医療IT導入はオーダリングシステムをまず運用し、段階的に電子カルテを導入していくのが一般的。一挙導入に踏み切った橋本市民病院ではどうだったのか。西口氏は、「もしオーダリングシステムを先に導入して、後から電子カルテを導入しようとしていたら、未だに電子カルテは導入できていなかったかもしれません」と言う。

図3 院内のレイアウトは分かりやすく、迷わず診療科や検査室へ向かうことができる。

 というのは、現行法制上、電子カルテを運用する際、医師が行うべき作業は看護師やコメディカルに任せることができないからだ。西口氏は、「権限をしっかり設定して運用しなければならず、オーダリングシステム導入から電子カルテ導入までの間に、非常に大きな変革を強いられることになります。この点について医師の理解を得られるかどうかが大きな鍵」と指摘する。

 橋本市民病院では、業務にITを合わせるのではなく、ITを入れることによって業務改革を行うという考え方でIT化を進めた。システムもほとんどカスタマイズせずに導入したという。

 では、こんな大規模なシステムを一気に導入して、スムーズな運用に成功した背景はどこにあるのだろうか。

経営陣がリーダーシップを執り、運営委に権限委ねる

図4 眼科医長の金桂洙氏

 当初、橋本市民病院では、CIO的な役割をITが分かる若手にやってもらおうとした。しかしその体制では、提案をあげても採用されず、現場では決められない経営的な問題も発生するため、まったく前に進まない状態になってしまった。

 そこで、副院長である西口氏が医療情報システム管理者となり、システム面を考えるセットアップ委員会と、各部署からの意見を取り上げる合同ワーキンググループで構成する「電子カルテ運営委員会」を設置、運用時の権限の多くをこの委員会に委ねた。

 眼科医長の金桂洙氏(図4)はこの運営委員会の中心メンバーの1人。新病院に移転してから約10日間の準備期間の中で全体のフローを見直し、診療科などのローカルルールを極力廃止するために毎日のように会議を開いた。「新病院は、設計段階から紙カルテを保管するスペースを用意してないので、“電子カルテありき”という背水の陣で臨みました」という。

図5 院内掲示板(院内ポータル)のトップ画面

 同委員会では、31の小グループで約2500の医療場面を想定し、誰がどの機械を使ってどこで何をするのかをマニュアル化した。これを病院全体の共通認識として、診療科による違いをなくす活動を行った。作成したマニュアルはA3判8000ページ分にものぼるが、“院内掲示板”と呼ばれる院内ポータルサイトに登録されていて、院内の誰でも閲覧できる(図5)。

 運営委員会は権限を委譲されているため、検証して実現可能なら、すぐにアイデアが採用される。このため、議論の中から数多くの工夫が生まれた。例えば、手術承諾書はスキャンしてディスクに保存するのが一般的。しかし、「容量とスキャンの手間が無駄」という意見が出たため、議論した結果、担当医が「承諾を受けた」という“空オーダー”を発行、実施済みとして登録すればよいという案が採用された。これで承諾書の原本さえ保存しておけばスキャン画像は不要になるという。

 電子カルテ運営委員会は導入後も活動を続けており、コンプライアンスや目的外閲覧のチェック、注意喚起などを行っている。システムに対する各診療科の要望もバラバラに出すのではなく、運営委員会が問題点を整理、取捨選択してベンダーや上層部に要求する方式。「医師や各診療科にとっての最適ではなく、病院全体にとって最適」(西口氏)を実現する体制を作ったことが成功につながったようだ。

電子カルテ導入で医療ミスが激減

 ITを導入して2年経つ橋本市民病院だが、「コスト面のメリットが得られたとは言えない」という答えが西口氏から返ってきた。しかし、そのほかのメリットは非常に大きいと言う。「当院が病院機能評価Ver.5、DPC、癌拠点病院などの認定を受けることができたのは、電子カルテを中心とした業務改革の成果」(西口氏)という。

図6 看護師はPDA(Personal Digital Assistants:携帯情報端末)を使ってバーコードを読み取る。

 医療ミスが激減する効果も生まれているようだ。「導入後は、医師による口頭の指示やカルテの転記がなくなったため、医療安全に対するチェック機能がよく働いている状態だといえます。転記ミスや伝聞ミスはありえないので、医師が間違えない限り、ミスはないということになりますから」と西口氏は言う。

 橋本市民病院では、看護師がそれぞれPDAを持っている(図6)。例えば点滴を行う場合、バーコードで患者、薬材、施行者を確認し、いずれかに間違いがあれば警告を発する。薬材のサブシステムでも、IT化によって錠剤自動分包や自動注射払い出しシステムなどが利用され、投薬ミスを未然に防げる体制が取られている。

 再診患者の待ち時間短縮も実現した。ITシステムの予約管理機能によって、再診患者は予約した時間に診療科の窓口へ行けばすむようになった。ただし、医師不足のため、時には1時間に10人の予約を入れなければならず、患者さんを待たせてしまうこともある。予約できなかった旧病院では3〜4時間辛抱してくれた患者さんも、予約があると数十分の遅れでクレームになってしまうようだ。

導入・運用コストと医師の負担をどうするか

 電子カルテの普及を妨げる要因にはどんなものがあるか。西口氏は、“コスト”と“医師の負担”という2つのキーワードを挙げる。「初期導入コストや維持管理コストに関しては、今後の普及で標準化が進み、メーカー側が低価格のソフトを提供できるようになれば、下がります。しかし、医師の負担は療養担当規則を変えなければ改善されないと思います」(西口氏)。

 現在の療養担当規則では、診療なしに点滴、投薬、リハビリなどを行うことは許されていない。1週間のリハビリが必要と診断しても、来院するたびに診察を行わなければならず、医師の負担になっていると西口氏は言うのだ。「一度診察して、1週間リハビリだけを行うようにすれば、医師の負担も減り、患者さんの医療費も軽くなります。療養担当規則は現状に追いついていない規則だと思います。幸い、看護師が協力的なので、医師がやらなくてもよい仕事を積極的に引き受けてくれています。今後、カルテや検査結果の整理の負担が軽くなった看護師や医事の仕事を見直し、看護サービスや患者サービスを充実していきたいと考えています」という。

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