今年10月の第32回日本高血圧学会総会の会長を務めた上島弘嗣氏は、わが国の循環器分野における疫学研究の第一人者である。総会では、日本発の質の高いエビデンス創出に向けて、疫学の視点から、臨床研究の現状に一石を投じる企画などを打ち出し、注目を集めた。(聞き手は瀬川博子=日経メディカル開発)


─公衆衛生学・予防医学を専門とする先生が日本高血圧学会の会長を務められたのは今回が初めてだそうですが、疫学者ならではの視点を取り入れられた部分はありますか。

上島 まず、「国民のさらなる血圧の低下をめざして」という主題ですね。通常、臨床の先生ですと「患者の…」となるところですが、「国民の…」としたところに、予防医学の視点が入っています。高血圧の患者さんを対象にした予防や治療は、公衆衛生学的には“ハイリスクアプローチ”といって、リスクの高い人だけを選び出して行う戦略に当たります。これに対してもう1つの戦略が、“ポピュレーションアプローチ”といい、国民全体を対象にする方法です。

 1965年当時、日本の脳卒中死亡率は世界一でしたが、それから90年までの間に、5分の1程度まで急速に低下しました。これをもたらした最大の要因は、国民全体の血圧水準の低下にあります。実際、血圧水準は65年を頂点に90年にかけて漸減していますが、これが脳卒中死亡率の減少とよく一致しているのです。血圧水準の低下には、輸送手段の発達や冷蔵庫の普及、食生活の欧米化などに伴う食塩摂取量の減少が、大きく関与していると考えられます。

─今回、改めて“ポピュレーションアプローチ”をスローガンに掲げられた理由は。

上島 日本人の血圧水準の低下傾向が、最近鈍化してきているからです。この背景には、降圧薬治療だけでは解決できない、肥満の増加や飲酒など生活習慣を含めた国民全体としての問題があります。そこで、薬に頼らずに、国民全体の血圧水準を少しでも低い方向に推移させるにはどうすればいいのか、それについても知恵を絞りたいと思ったわけです。

─その一つが減塩ですね。

上島 やはり一番大きな要因は塩分の問題だと思います。基本的に和食は、欧米先進諸国の食事と比べて脂肪の摂取量が少ないという特徴がありますが、一方で、塩分を多くとりやすいという欠点もあります。この傾向は現在も変わりません。

 といっても、減塩のようにテーマが目新しくないと、その重要性に関する認識は相対的に薄れていくものです。今回、せめて高血圧学会に来られる医療関係者には、減塩の問題を再認識してほしいという気持ちから、減塩を大きなテーマの1つに据えました。またランチョンセミナーでは減塩弁当の提供も試みたわけです。