倉敷中央病院呼吸器内科主任部長の石田直氏

 日本呼吸器学会は2011年、医療・介護関連肺炎NHCAP診療ガイドラインを発表した。市中肺炎(CAP)でもなく院内肺炎(HAP)でもないNHCAPに焦点を当て、抗菌薬の使用法を中心とした診療指針を示したものだ。その中で、肺炎の予防策としてワクチン療法の実践を推奨している。ガイドライン策定に携わった倉敷中央病院呼吸器内科主任部長の石田直氏は、高齢者に対してはインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの併用接種を勧めるべきと話す。特に、透析、糖尿病あるいは呼吸器系の疾患などと基礎疾患がある場合はなおさらだ、とも。まずは医療関係者の理解が欠かせないと指摘する石田氏に、ワクチン併用接種の意義を聞いた。

―― 日本呼吸器学会が医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドラインを発表したのは2011年でした。なぜ、このようなガイドラインが必要だったのでしょうか。

石田 米国で、市中肺炎(CAP)でも院内肺炎(HAP)でもない、介護施設や在宅医療の患者による肺炎(HCAP;Healthcare-Associated Pneumonia)という概念が提唱され、HCAPについては、CAPやHAPと異なるアプローチが必要という考え方が示されました。2005年に、米国胸部疾患学会と米国感染症学会の合同委員会(ATS/IDSA)によって作成されたガイドラインで提唱された新たな観念で、日本では医療ケア関連肺炎として紹介されています。

 HCAPは、発症前90日以内に2日以上の入院歴がある、ナーシングホーム、老健施設などの居住者、透析・外傷治療中、在宅で輸液療法を行っている、家族内に多剤耐性菌保有者がいる、などの背景をもつ患者に発症した肺炎と定義されています。

 これを機にわが国でも、医療ケア関連肺炎についての議論が始まりました。しかし、米国と日本では医療社会的背景が異なるため、米国のHCAPをそのまま日本に持ち込むことには無理がありました。そこで、わが国独自の医療介護関連肺炎(NHCAP)が提唱され、その診療ガイドラインが2011年に日本呼吸器学会より発表されたわけです。

―― NHCAPの定義はどのようになりますか。

石田 (1)長期療養型病床群もしくは介護施設に入所している、(2)90日以内に病院を退院した、(3)介護を必要とする高齢者や身体障害者、(4)通院にて継続的に血管内治療(透析、抗菌薬、化学療法、免疫抑制剤等)を受けている、という項目のうち、当てはまるものがある肺炎患者をNHCAPと診断します。これにより、高齢者の肺炎の多くが医療介護関連肺炎に分類されることになりました。

―― NHCAPの治療方針はどうなりますか。

石田 大きく4区分に分かれます。まずは集中治療室での呼吸管理や加療が必要かどうかを検討します。集中治療室での加療を行わない場合には、入院か外来治療かを決め、入院の場合には患者の耐性菌感染リスクに応じた治療を行うことになります。この段階で「過去90日以内に抗菌薬を投与されていた」あるいは「経管栄養を受けていた」のいずれかに当てはまれば、耐性菌感染リスクが高いと判断します。

―― 従来の診療ガイドラインと異なり、治療方針を決める際の基準項目を設けていないのは、なぜなのでしょうか。

石田 たとえば成人市中肺炎診療ガイドラインでは、身体所見、年齢による肺炎の重症度分類などを基に治療方針を決めます。しかし、NHCAPの診療ガイドラインでは、一部を除いて主治医の判断に任されているのです。NHCAP患者の多くは高齢者で、一律の治療指針を示すのは難しいとの判断があったからです。患者や患者家族の意思をくみ取りながら、主治医が治療方針を判断することになります。

―― ガイドラインは第1章で、序文としてNHCAPの概念とガイドラインの理念を示しています。第2章ではNHCAPの定義を、第3章では治療区分の考え方をまとめるなど、全部で9章からなります。最後の第9章でワクチンを取り上げていますが、その位置づけをお話しください。

石田 さきほど触れたようにNHCAPの患者の多くは高齢者なのです。高齢者においては、肺炎予防のためのワクチンがとても重要な役割を果たします。高齢社会が進展するにつれ、ますますNHCAPの患者が増えていくことが予想されます。絶対数を抑えていくうえでも、ワクチン療法が欠かせないものとなります。

―― 高齢者の肺炎予防となると、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンを思い浮かべます。

石田 現在、実用化されているのは肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの2種類です。肺炎球菌ワクチンは、23価の莢膜ポリサッカライドワクチン(PPV)で、海外の報告では、敗血症や髄膜炎などの侵襲性肺炎球菌感染症の予防に有用とされています。

 NHCAPの原因菌として肺炎球菌は重要です。ナーシングホーム居住者における肺炎球菌感染症の頻度は、市中居住の高齢者に比べてはるかに高い。2010年にわが国で、ナーシングホーム居住者を対象としたPPVの有用性に関する無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験の結果が報告されました。これによるとPPV接種群では非接種群に比べて、肺炎球菌性肺炎および全原因菌による肺炎の発症をそれぞれ63.8%および44.8%抑制したのです。肺炎球菌性肺炎による死亡もPPV接種群は0%だったのに対してプラセボ群では35.1%でした。

 また、ナーシングホーム居住者へのPPV接種を行った研究では、肺炎球菌感染症の集団発生の抑制と多剤耐性肺炎球菌保菌者数の減少が認められたとの報告があります。

 ですからNHCAPの対象群の中でも、ナーシングホームなどの高齢者施設居住者はとりわけPPVの接種が推奨されるわけです。

―― 日本ではPPVの再接種が禁止されていましたが、最近、見直されました。

石田 2009年10月18日の厚生労働省医薬品等安全対策部会安全対策調査会の検討に基づき、表1に示すような場合に、再接種を行うことができることになりました。これにより、PPV接種の恩恵を受ける高齢者がさらに増えていくものと期待されます。

表1 肺炎球菌ワクチン(PPV)の再接種が推奨される対象者

―― インフルエンザワクチンの方はいかがですか。

石田 65歳以上の高齢者におけるインフルエンザワクチン接種の有用性に関するメタアナリシスでは、インフルエンザ様症状、入院頻度、合併症や死亡率の抑制は認められていません。ですが、高齢者や基礎疾患を有する患者では、インフルエンザウイルス感染に伴う二次性細菌性肺炎が多くみられることを考慮すると、NHCAP対象群へのインフルエンザワクチン接種は重要と考えられます。

 特に、高齢者を対象とした場合、インフルエンザワクチンとPPVの併用が有用と考えられています。両者を接種した群では非接種群に比べて、インフルエンザ感染、肺炎発症、肺炎球菌性肺炎の発症、侵襲性肺炎球菌感染症による入院率のそれぞれが減少し、総死亡率の有意な減少も認められているのです(図1)。

図1 インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチン(PPV)併用接種による年齢別全死亡

 高齢者介護施設に入居中で毎年インフルエンザワクチンの接種を受けている寝たきり高齢者を対象に、無作為にPPV接種群と非接種群に割り付け、1年間の肺炎による入院回数について比較検討したところ、両ワクチン接種群ではインフルエンザワクチン単独接種群に比べて、肺炎による入院回数が50%減少したとのエビデンスがあります。つまり、介護施設入所の高齢者には、インフルエンザワクチンとPPVの両者を接種することが求められるわけです。

―― 併用接種の今後の課題は何でしょうか。

石田 接種率の向上を図ることです。PPVの方は、2000年代に入ってようやく啓発活動が実り、接種率は徐々に向上してきました。特に、2009年に再接種が認可されたことにより、急激に増加が認められるようになりました。2012年10月までの累積使用量(推定)は約550万バイアルで、高齢者人口のうち18.6%に使用されたと推定されています。しかしながら、欧米諸国に比べると、たとえば米国は70%ですから、日本の接種率はかなり低いレベルにとどまっているのです。今後も、国民への周知と医療関係者の意識向上が必要となっています。

 たとえば、2011年3月の東日本大震災の後、2011年10月から2012年3月まで岩手、宮城、福島の被災3県において、70歳以上の高齢者に対してワクチン接種の全面助成を行う緊急事業が展開されました。福島県では、この事業展開前の高齢者の推定接種率が10%程度であったものが、事業により60%程度に上昇したのです。今後被災3県での肺炎発生頻度や医療費の追跡調査の結果が期待されているところです。

 このように、接種率を向上させるためには、ワクチン接種費用の公的助成が最も効果ある方法と思われます。PPVについては、公費助成を行っている自治体は年々増加しており、2012年10月の時点で全自治体の4割を超え、2012年末までには過半数に達するとみられています。これが接種率の向上につながることを期待しています。また、国の事業として定期接種を行うことも重要と思います。

―― 65歳以上の高齢者については、インフルエンザ予防接種が法定接種と位置づけられ自治体からの補助を受けられるようになっています。

石田 それでも高齢者全体の接種率は、50%を超えたあたりかと思います。私は、決め手の1つは、医療従事者、特に医師の理解が進むことではないかと思っています。たとえば、透析、糖尿病あるいは呼吸器系疾患といった基礎疾患を抱えている患者を診ている医師は、PPVとインフルエンザワクチンの併用接種について、もっと積極的に取り組んでいくべきだと思います。

 今度、ある学会から講師として招聘され、高齢者のワクチン療法について講演しますが、このような機会を通じて、医師の理解が少しでも広がっていくことを願っています。