川崎医科大学小児科の中野貴司氏

 医療関係者へのインフルエンザワクチン接種は、国内外のガイドラインで推奨されている。わが国の医療関係者の接種率は、米国などに比べると明らかに高いが、なかには多忙、効果への疑問などで接種しない医療関係者もいると聞く。日本ウイルス学会ワクチン専門委員会委員を務める、川崎医科大学小児科の中野貴司氏は、第28回日本環境感染学会総会(3月1〜2日、開催地:横浜市)で「インフルエンザは予防が最も有効な防衛手段。特に医療関係者は自身の感染防止のみならず、患者や他の職員への施設内感染防止という観点からも、積極的なワクチン接種が望まれる」と訴えた。

 ワクチンの効果は2つあるとされる。1つは、接種者自身を守るDirect Protection。もう1つは、接種者の発症防止による周囲への二次感染防止であり、Indirect Protectionと呼ばれる。

 Indirect Protectionに関しては、わが国の学童集団接種が中止された後、高齢者を中心にインフルエンザ死亡者が増えたことが、2001年にNew England Journal of Medicine誌でReichert、Sugayaらにより報告された。世界のワクチン接種に対する評価を大きく変えるきっかけとなったとも言われる。2005年にはSugayaらにより、学童集団接種が幼児のインフルエンザ脳症などによる死亡を抑制したことも報告されている。インフルエンザワクチンによるIndirect Protectionの効果が明らかであるなら、医療関係者に対する接種は一層意義があると考えることができる。

 Direct Protectionの効果についても、近年のさまざまな研究で明らかにされつつあるようだ。中野氏は「わが国で長く使用されている不活化HAワクチンは、効果に限界はあるものの、予防の有効性が高いことは国内外で証明されている」と語った。例えば、高齢者を対象とした平成9-11年厚生科学研究では、発症予防の有効率は34〜55%、死亡回避の有効率は80%。2006年のCDCの報告では、発症予防の有効率は高齢者で30〜40%と、日本と同等だった。「十分満足できる有効率ではないが、統計学的有意差を持って発病を予防している」。

 こうしたことから、中野氏は、医療関係者の接種を強く要請。「インフルエンザは罹患前の予防が最も有効な防御手段。特に医療関係者は自身の感染防止のみならず、患者や他の職員への施設内感染防止という観点からも、積極的なワクチン接種が望まれる。冬場の忙しい時期に医療関係者が体調を崩して欠勤し、診療で迷惑をかけることを避けるという理由もある」と述べた。

 ただし、有効性が十分満足できるレベルに至っていないことも確か。より高い有効性を持つワクチンの開発が求められている。中野氏は、現在開発が進められている経鼻ワクチン、アジュバント添加ワクチンにおける研究の現状を説明した。

 経鼻ワクチンは、自然感染と同じ経路で投与するため、強い免疫誘導が可能とされる。米国で約10年前から市販されている経鼻生ワクチンの承認前の臨床試験では、90%前後の高い防御効果が報告されている。しかし、その後行われた複数シーズンの継続研究では、健常成人において、経鼻生ワクチンより注射用不活化ワクチンのほうが予防効果が高かった。このため「現時点ではどちらがより有効かは結論が出ていない」と中野氏。わが国では最近、経鼻不活化ワクチンで良好な成績が報告されているとした。

 アジュバント添加ワクチンは、新型インフルエンザ流行時に行われた研究で、成人に対する単回接種で強い免疫誘導が認められた。季節性インフルエンザ流行時に欧州で行われた小児の臨床試験では、90%近い発症予防の有効率が報告された。こうした高い予防効果には強い免疫誘導が寄与したと推測されている。しかし、中野氏は、インフルエンザは「抗体価がここまで上がれば罹患しない」とは言えない疾患であるため、個々人の予防効果を保障できるものではないとの見方を示した。

 一方、日本環境感染学会の「院内感染対策としてのワクチンガイドライン第1版(2009年)」では、妊婦、妊娠している可能性のある女性や65歳以上の高齢者も含めて、医療関係者へのワクチン接種を推奨している。中野氏によると、米国では現在、妊婦への接種をすべての妊娠期間で推奨している。以前、妊娠初期の接種は推奨されなかったが、最近は、妊娠第1三半期の接種によって、自然流産(接種後4週間)のリスクが上がることはないと報告されるなど、「妊娠のどの時期に接種しても大きな問題はないというデータが揃いつつある」と中野氏は概括した。さらに、2012年11月に出されたWHOのワクチンに関するステートメントでは、妊婦は医療関係者などとともに、不活化インフルエンザワクチンが最も推奨される対象と位置づけられたという。医療関係者のワクチン接種においても、妊娠中だからといってリスクを心配する必要はないと考えてよさそうだ。