愛野記念病院名誉院長(長崎大学名誉教授)の松本慶蔵氏

 日本の肺炎球菌ワクチンの接種率は10%台で、米国の70%に比べると、大きく水をあけられた状況にある。しかし、長きに渡って、高齢者の肺炎球菌ワクチンの普及に尽力してきた愛野記念病院名誉院長(長崎大学名誉教授)の松本慶蔵氏は、今後の接種率は上がっていくとみる。ワクチンの効果に関するエビデンスが積み重なっていく中、わが国も「インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチン併用の時代」を迎えるからだ。

■2つのワクチン併用のエビデンス

―― まず、先生が提唱されてこられた「インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチン(23価、以下同)併用」のエビデンスについてお話いただけませんでしょうか。

松本 昔から、インフルエンザの罹患後に肺炎球菌性肺炎が多発することが知られていました。そこで、例えばスウェーデンのChristensonらは、この点にいち早く注目し、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの両方の接種を行った場合の効果を検討しました。

 ストックホルム州の65歳以上の高齢者の約26万人に手紙を出して、両方のワクチン接種を依頼したのです。その結果が2001年にLancet誌に発表されました(Christenson B,et al;Lancet 357.1008-11、2001)。それによると、ワクチンを接種した人は約10万人で、そのうち76%は両方のワクチンを接種していました。この群と非接種群(約16万人)との間で効果を比較したところ、両方のワクチンを接種した群で、肺炎球菌性肺炎による入院が36%、侵襲性肺炎球菌感染症による入院が52%、さらには死亡率も57%、それぞれ有意に減少していました。

 この成績は世界的に大きな注目を集め、両ワクチンの接種を推奨する国々も増えていきました。

―― 肺炎球菌ワクチンそのものの効果については、最近、日本発のエビデンスが発表されたとうかがいました。

松本 2010年に、国立病院機構三重病院呼吸器内科の丸山貴也氏の研究成果がBMJ誌に発表されました(BMJ.2010;340:c1004.)。

 日本で実施された、介護施設の入所者を対象に行われた無作為化二重盲検プラセボ対照試験です。23価肺炎球菌ワクチンに肺炎発症予防効果があるのか、また生存率の改善に効果があるのかを検討したものです。

―― 詳しくお話ください。

松本 対象は、複数の高齢者施設の入所者1006人(平均年齢84.7歳)でした。23価肺炎球菌ワクチンを接種したワクチン接種群(502人)と、プラセボとして生理食塩水を筋肉注射したプラセボ群(504人)について、約3年間追跡したものです。

 主要評価項目は肺炎発症と肺炎球菌性肺炎の発症としました。副次的評価項目は肺炎による死亡、および肺炎球菌性肺炎による死亡でした。

 3年間の追跡の結果、ワクチン接種群で肺炎を発症したのは1000人・年当たり55人で、うち肺炎球菌性肺炎は1000人・年当たり12人でした。一方、プラセボ群で肺炎を発症したのは1000人・年当たり91人で、そのうち肺炎球菌性肺炎は1000人・年当たり32人でした。つまり、ワクチン接種により、肺炎球菌性肺炎の発症を63.8%、全肺炎においても44.8%抑制したことが分かったのです。

―― 副次的評価項目としたで死亡については、いかがだったのでしょうか。

松本 すべての肺炎での死亡率を見たところでは、プラセボ群で25.0%(104人中26人)、ワクチン接種群で20.6%(63人中13人)で、両群で有意差はありませんでした。しかし、肺炎球菌性肺炎による死亡については、プラセボ群では肺炎球菌性肺炎を発症した37人のうち13人(35.1%)が死亡しました。これに対し、ワクチン接種群では死亡例はなかったのです。つまり、ワクチンの接種は、肺炎球菌性肺炎による死亡を有意に抑制することが証明されたのです。

■医療費削減効果も期待

―― インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンとの併用で、医療費の削減も期待されます。

松本 長崎川棚医療センター・西九州脳神経センターの川上健司氏らは2010年に、日本内科学会年次集会で肺炎球菌ワクチンをインフルエンザワクチンと併用することによって、高齢者の肺炎による総医療費を削減したことを報告しています。

 約800人の高齢者(65歳以上)を対象に、インフルエンザワクチン・肺炎球菌ワクチン併用群(併用群、394人)とインフルエンザワクチン群(非併用群、392人)に分けて、接種から2年間の肺炎発症頻度、肺炎罹患回数、入院回数、総医療費を比較したものです。

 その結果、75歳以上の高齢者において、肺炎球菌ワクチンを併用した群で肺炎発症による入院が有意に低下したのです(41.5%減少、P=0.039)。また歩行困難な高齢者では、接種後2年間の肺炎による入院頻度は、併用群の方が62.7%(P=0.005)有意に減少していました。

 この結果、接種1年後の併用群における肺炎の総医療費は約5万7000円で、非併用群の約14万円に比べて約8万円削減されることが分かったのです(P=0.027)。2年間の総医療費は、有意差には至りませんでしたが、接種群で約6万円抑制できていました。

―― 医療費の削減という面でも、肺炎球菌ワクチンの普及が欠かせないことが分かります。

■併用普及のカギは公費負担

松本 わが国では、市販後以降の累積接種本数を現在の高齢者人口との比率でみた場合、肺炎球菌ワクチン(23価)の推定接種率は約17%となっています。これは米国の67%(2007年)に比べますと、まだ低い水準にあります。

―― 米国と比べると、かなりの開きがあります。

松本 わが国では、肺炎球菌ワクチン自体を知らない患者さんが、まだたくさんいるのです。また、医療関係者の間に、例えば「成人市肺炎診療ガイドライン」(日本呼吸器学会)が肺炎球菌ワクチンの接種を推奨していることの理解が広がっていないという状況もあります。

 もう1つは接種費用の公費助成の問題があります。欧米などでは、公費助成によるワクチン無料接種が普及している国も少なくありません。一方、わが国では現在、全国791の市区町村で肺炎球菌ワクチンの接種費用に対する公費助成が実施されるようになりました(2012年6月現在)。さきほど紹介したように、肺炎球菌ワクチンの接種により医療費の削減が期待できるわけです。医療費の削減という考えから、今後も公費助成を実施する自治体は増えるものと思います。そうなれば、ワクチンに対する理解の深まりとともに、接種率は自ずと高まっていくはずです。

 東日本大震災の被災地で、70歳以上の高齢者を対象に肺炎球菌ワクチンの無料接種が行われました。私は大変結構なことだと思っています。日本赤十字社が岩手、宮城、福島の3県とそれぞれの県医師会と協力して実施しているのですが、よくぞ実施してくれたと思います。

―― 海外救援金を財源とする復興支援事業の一環で行われているものですが、指定医療機関での接種費用を日赤が全額負担するという形で支援しています。2012年3月末までに48万人が接種を受けたそうです。

松本 被災地で慣れない仮設住宅暮らしを強いられている方々は、身体の抵抗力も低下しがちです。当然のように、ウイルスの感染が懸念されるわけです。私は、今回のような取り組みをきっかけに、人々の肺炎球菌ワクチンへの理解がより広がっていくことを期待したいと思います。


■参考文献
・Christenson B,et al;Effects of a large-scale intervention with influenza and 23-valent pneumococcal vaccines in adults aged 65 years or older: a prospective study.(Lancet 357.1008-11、2001
・Maruyama T,et al. 23-valent pneumococcal polysaccharide vaccine prevents pneumonia and improves survival in nursing home residents. -A double blind, randomized and placebo controlled trial.(BMJ.2010;340:c1004.
・Kawakami K,et al;Effectiveness of pneumococcal polysaccharide vaccine against pneumonia and cost analysis for the elderly who receive seasonal influenza vaccine in Japan.(Vaccine 28,7063–7069,2010.