国立感染症研究所のインフルエンザウイルス研究センター室長の小田切孝人氏の解説によると、H7N9ウイルスはヒトをはじめとする哺乳動物へのアダプテーション(適応)が進んでいるのです。具体的には、ヒトの細胞に感染するためには、ヒト細胞のレセプターと結合する能力がないといけないのですが、一部のH7N9ウイルスではこの結合能を獲得しています。また、ヒトの上気道でよく増えるためには、ヒトの温度に適合しなければならないのですが、すでにこの能力を持つH7N9ウイルスも見つかっているのです。

 フェレットという動物を使った実験では、くしゃみなどの飛沫で感染できる能力を獲得しているH7N9ウイルスが確認されています。

 小田切氏は「H7N9ウイルスがパンデミック(ヒトでの大流行)を引き起こす潜在力は低くはない」と断言しています。「あと数カ所の変異が追加されるとパンデミックを起こすウイルスとなりうる」というのです。感染研としても「残り数カ所の遺伝子変異が生じるとパンデミックを起こす可能性は否定できない」として、「パンデミックへの対応強化を行っていく」と明記しています。

 最後に懸念すべき事実です。一部のH7N9ウイルスから抗インフルエンザ薬に耐性を持つ変異(R292K)が確認されています。R292Kという変異があるウイルスには、抗インフルエンザ薬が効きにくいことが分かっています。つまり、R292K変異のあるH7N9ウイルスは、抗インフルエンザ薬に対する感受性が低くなっているのです。動物実験では、タミフルもリレンザも、最近使われだしたラピアクタもイナビルも、この変異を持つH7N9ウイルスに対する効果が落ちていたことが示されています。

 ただ、実際の臨床の場においては、4剤ともに有効であると考えられています。感受性の低下があるものの、まったく効かないということではないだろうとの見方です。また、この変異を持つウイルスは、抗インフルエンザ薬による治療を受けた重症患者から見つかっています。抗インフルエンザ薬による圧力を潜り抜けたウイルス(R292K変異)は、感染が広がりにくいと考えられています。齋藤氏によると、Sleemanらの研究の結果、「R292Kを持つH7N9ウイルスはノイラミダーゼという酵素の活性が低下しているので伝播しにくい」と指摘されています。

 とはいえ、薬の効きにくいH7N9ウイルスがヒトの間で流行するという「最悪のシナリオ」は、想定はしておいた方がよさそうです。2009年のパンデミックの際は、抗インフルエンザ薬による早期診断・早期治療が効果的でした。H7N9のワクチンが準備できるまでは、どうしても半年から1年というタイムラグが生じます。この間は、抗インフルエンザ薬が、直接ウイルスに対抗するための唯一の手段だったのです。

 抗インフルエンザ薬の感受性が低下しているウイルスが確認されている点について感染研は、「今後も中国から出される情報を注視していくとともに、日本で症例が出た場合に備えて有効な治療法に関する情報を集めていく」としています。

 「正当にこわがることは、なかなかむつかしい」。50年以上も前に物理学者で随筆家である寺田寅彦氏によって発せされた言葉です。「史上最悪のインフルエンザ」の著者であるA.W.クロスビー氏は日本語版への序文でこの警句を紹介し、「我々が今、肝に銘じるべき言葉である」と結んだのでした。翻訳に当たった仙台医療センターウイルスセンター長の西村秀一氏は、この言葉の中に感染症のパンデミック(世界的な大流行)と対峙していくための基本姿勢が読み取れると繰り返しています。

 この言葉を胸に、今後ともH7N9ウイルスの動向に注意を払っていきたいと思います。

■参考情報
Avian influenza A(H7N9) virus(WHO)
鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応(国立感染症研究所)
インフルエンザA(H7N9)(国立感染症研究所)
鳥インフルエンザA(H7N9)について(厚生労働省)
台湾で初の感染例、中国渡航の53歳男性