日本感染症学会は2012年夏、院内や施設内でのインフルエンザ流行に対して、抗インフルエンザ薬の曝露後予防投与を推奨する提言を発表した。ウイルスの薬剤耐性化については、「高度の免疫不全状態の患者以外では、懸念することはない」との見解を示した。学会のインフルエンザ委員会委員長の渡辺彰氏に提言の狙いをうかがった。

東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門教授の渡辺彰氏

―― 提言では、病院や高齢者施設においてインフルエンザの流行があった場合、曝露後予防投与を行い感染拡大を防ぐべきと求めています。

渡辺 日本感染症学会は、「インフルエンザ病院内感染対策の考え方について(高齢者施設を含めて)」と題する提言をまとめ公表しました。病院や特に高齢者施設におけるインフルエンザ流行の被害が依然として大きいわが国の現状を、何とかしなければならないと考えたからです。

 最大のポイントは「抗インフルエンザ薬の曝露後予防投与(post-exposureprophylaxis)」です。従来から行われているワクチン接種や院内・施設内感染対策の一層の徹底を図った上で、病院・施設内で感染者が確認された場合は、早期から積極的に予防投与を行って被害を最小限に食いとどめようという考え方です。

 詳細は提言をお読みいただきたいのですが、臨床的にインフルエンザを発症したと判断できる患者が発生した場合は、直ちに治療を開始するとともに、その患者に接触した入院患者あるいは入所者に対しては、承諾を得た上で、タミフル(一般名オセルタミビル)あるいはリレンザ(一般名ザナミビル)による予防投与を開始することを推奨しています(提言は日本感染症学会のホームページで公開中)。

―― 施設によっては、抗インフルエンザ薬の予防投与を躊躇するところがあるとうかがいました。

渡辺 予防投与に消極的になる原因としては、薬剤耐性ウイルスの発生や副作用への懸念、薬剤や検査費用の負担に関する疑問などが考えられました。

 耐性化についてですが、これは高度の免疫不全状態の患者以外は懸念する必要はありません。つまり、通常の患者や高齢者施設の入所者においては、予防投与で耐性ウイルスが出現することはまずないと考えてよい、というのが結論です。

 もちろん、予防投与中にインフルエンザに感染した場合、耐性ウイルスが出現する可能性はあります。しかしながら、抗インフルエンザ薬の投与によって耐性ウイルスが出現し、ヒトからヒトへ伝播した報告は極めてまれであり、また耐性ウイルスによって重症化したという事例は報告されていません。

 これまでにタミフル投与後に出現した耐性ウイルスが患者間で伝播したという報告は海外で2件あります。しかし、これらはいずれも著明な白血球/リンパ球減少がある高度の免疫不全患者例でした。したがって、このような血液疾患や悪性腫瘍患者が多い病棟で予防投与を行う場合は、耐性化の確率が低いリレンザを考慮することを提言に盛り込んであります。

 今回の提言の発表に伴い、医療現場において、耐性ウイルスに対する誤解が少なからず存在することが明らかになりました。例えば、2007/08年シーズンにノルウェーを発端に流行が拡大したタミフル耐性Aソ連型(A/H1N1)です。日本でも2008/09年シーズンに確認されたAソ連型はほぼ100%が耐性ウイルスでした。しかし、その後は確認されていません。ところが、いまだに耐性Aソ連型ウイルスが流行していると勘違いされている医療者がいたりするのですが、そんな事実はないのです。

 耐性ウイルスの実像を正しく理解し、治療はもちろん予防の面でも積極的に対応すべきだと思います。

(インタビュー撮影:阿部 勝弥)

■インタビューの詳細は日経メディカルアペンディックス(2013年1月号)に掲載予定です。