日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」が5年ぶりに改訂された。患者のリスク層別化に「NIPPON DATA80」のリスク評価チャートに基づいた絶対リスク評価を導入したこと、国内外の最新エビデンスを踏まえ、包括的な治療の必要性を示したことが大きな柱だ。最新ガイドラインの基盤となったエビデンスについて、ガイドライン改訂を主導した帝京大学医学部長の寺本民生氏に聞いた。(聞き手:中沢 真也=日経メディカル別冊編集部)

 今回の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」の最大の特徴は、治療方針決定のためのリスクの層別化を、これまでの相対評価から絶対リスクにもとづく評価へ変更したことです。

 その根拠となったのは、「NIPPON DATA 80」というわが国発の疫学的エビデンスです。1980年に実施された厚生省(当時)の循環器疾患基礎調査を長期追跡したもので、2006年には研究成果としてリスク評価チャートが発表されました。「危険因子がこれだけあるこの患者さんが10年以内に心筋梗塞で死亡する確率は何%」という数値を示すものです。

 リスクが明らかになった患者について、次に考えなければならないのは動脈硬化性疾患を予防する主要な手段の1つである脂質異常症の治療です。ガイドラインでは、その中で最も治療エビデンスが豊富なLDL-C低下療法を重視しました。

 LDL-C低下による動脈硬化性疾患予防の初期のエビデンスとして特筆すべき研究が、1994年に発表された4S(Scandinavian Simvastatin Survival Study)と、それに続く研究をまとめたCTT(Cholesterol Treatment Trialists’)メタ解析です。

 4SはスタチンによるLDL-C低下療法が二次予防患者の死亡率を有意に抑制することを他に先駆けて報告した無作為化比較試験(RCT)です。

 この4S発表直後、脂質治療を専門とする研究者が、CTTコラボレーターというグループを結成しました。CTTは、スタチンを用いた脂質治療についての大規模RCTの選択基準をあらかじめ決定し、そのような試験がある程度出そろった段階でメタ解析を行う試みです。通常、メタ解析は後ろ向きに行われますが、CTTは前向きにデータを集めるため、非常に価値の高い解析になることが期待されました。

 2005年に発表されたCTT初の研究成果は、14のRCTを用いたメタ解析で、スタチンによるLDL-C低下療法の主要心血管イベント抑制効果を確認し、さらに脳卒中予防効果も示唆するものでした。

 CTTグループは2010年にも26のRCTを用いたメタ解析結果を発表しており、LDL-C低下療法が安全であること、LDL-Cの低下が大きいほど予防効果も大きい傾向があることを報告しています。この傾向は一次予防群を含めた低リスク群に比べて高リスク群で顕著であり、脂質管理は、高リスク群と低リスク群に分けて考えるべきと認識されるようになりました。

 2002年に最終結果が報告されたHPS(Heart Protection Study)も重要です。この試験は、2次予防も含めた高リスクな患者に対し、LDL-Cが高くなくてもスタチンを投与することで、心血管疾患と脳卒中の予防に有効であることを示しました。

 糖尿病に特化したCARDS(Collaborative Atorvastatin Diabetes Study)も見事な試験でした。この試験は、LDL-Cがあまり高くない(ベースラインの平均LDL-Cが約120mg/dL)が、網膜症や微量アルブミン尿など1つ以上のリスクを持つ2型糖尿病患者を、スタチンまたはプラセボに割り付けたものです。中間解析で主要エンドポイントの心血管イベント発症率で約4割と大きな差が付き、早期終了になりました。この試験からのメッセージは、リスクを有する糖尿病患者ではスタチンによってLDL-Cを積極的に下げるべきということです。

包括的治療の有効性も確認
 ところで動脈硬化全体を見た時には、脂質異常だけでなく、血圧や糖尿病についても考えなければなりません。これらが合併した時の包括的治療の有効性を確認する臨床試験が必要です。

 2003年に報告されたASCOT-LLA(Anglo-Scandinavian Cardiac Outcomes Trial- Lipid Lowering Arm)は、包括的治療の必要性を強く認識させる研究でした。この試験は、複数の心血管リスク因子を持った高血圧患者に対する降圧治療を比較したRCTであるASCOT試験の参加者のうち、LDL-Cが正常かやや高い患者に対してスタチンあるいはプラセボを投与した試験で、スタチン群ではプラセボ群と比較して心血管イベントが36%と大幅に低下し、脳卒中も抑制できることが分かりました。

 ASCOT-LLAの患者は全員が高血圧治療を受けており、降圧による動脈硬化抑制効果もありますので、両方の効果を併せると、全く未治療の場合に比べて50%程度の発症抑制が起きていることになります。降圧と脂質低下という2つの治療が動脈硬化予防に効果的であることを示し、実地診療に大きなインパクトを与えました。

 これまで示した臨床試験でも、心血管リスクを有する患者で脳卒中リスクを低減することが示されていますが、脳卒中の二次予防におけるLDL-C低下療法の有用性を主要評価項目として確認したのがSPARCL(Stroke Prevention by Aggressive Reduction in Cholesterol Levels)試験です。

 この試験では、スタチン投与による脳卒中再発の有意な抑制効果が明らかになっています。実薬群で脳出血が増加しましたが、脳出血の既往が入っていること、脳卒中を起こした患者に血圧管理が悪かった人が多いことが分かってきており、この試験からのメッセージもASCOT-LLAと同様、包括管理の重要性を示していると言えます。

 LDL-C低下療法についての日本人のエビデンスとしてはMEGA Studyがあります。日本人は動脈硬化性疾患が少なく、心筋梗塞と脳梗塞の占める割合が欧米と異なるという疾病構造の違いがありますので、脂質、特にLDL-Cを下げる効果を調べる必要がありました。PROBE法を用いた試験ではありますが、動脈硬化性疾患、特に心疾患の予防効果を約8000人の日本人で確認した意義は評価できます。

 脂質管理に関しては「LDL-Cはどこまで下げるべきか」という究極の命題があります。これに取り組んだTNT(Treating to New Target)試験では、通常療法群(目標LDL-C値100mg/dL)と強化療法群(同70mg/dL)を比較し、強化療法群でより高い心血管イベント予防効果を認めました。米国ではこの結果をもとに、特にリスクが高い患者に対して70mg/dLを目標とする強化療法が行われるようになりました。

 わが国でもLDL-Cの目標値をもっと下げるべきとの指摘はありますが、強化療法を肯定するエビデンスはまだ十分ではありません。今回のガイドライン改訂では、こうした状況を踏まえて強化療法の目標値は明示せず、まずは二次予防の目標値である100mg/dLを目指したうえで、必要があれば強化療法に取り組めばよいと記載しています。

将来的には学会横断的な指針策定も
 今回のガイドライン改訂では、できるだけわが国のエビデンスを中心に構築してきましたが、先に紹介したような、海外で行われた確かな研究成果については、エビデンスとして取り入れています。

 もちろん、国内外で薬剤の用量が異なることや、日本人では欧米人に比べて動脈硬化性疾患が少ないことは認識すべきだと思っています。そのうえで、高リスク患者を確実に見つけ、厳格に治療していくことが重要です。

 今回は専門領域の視点で改訂に取り組みましたが、将来的には学会ごとのガイドラインではなく、包括管理の視点でリスク評価と診療指針を構築することが望ましいと考えています。社会全体で動脈硬化性疾患を考え、対応の指針を示せれば理想でしょう。欧州ではそのようなガイドラインが存在しており、わが国も今後その形を目指していく必要があります。