ベテランMRのQ造は、いわゆるチェーンスモーカーで、毎日のように女房からタバコをやめるように言われていた。しかし、なんだかんだと色々と言い訳をしながら、タバコを吸い続ける毎日だった。

 日々のMR活動では、タバコの好きな先生としばしばタバコ談義になり、「タバコは認知症を防ぐのだ」などと、タバコの“効用”を語り合うこともあった。もちろん、肺癌や肺気腫のリスクがあることは百も承知だが、それでもタバコをやめる気にはなれないでいた。

 ある日、タバコ好きのY先生から、「タバコは葉っぱよりも紙がいけないんだよ。だから紙巻タバコはやめた方がいい。俺は最近、葉巻にこっているんだよね」と聞かされた。

 それを聞いてQ造は、東京のあるホテルにある喫煙者専用の喫茶ルームを思い出した。時々、時間つぶしに訪れていたが、そこの売店では世界中の輸入葉巻やパイプタバコが売られていた。そこにあったイギリス製の葉巻を、ぜひY先生へのお土産に買って行こうと考えたのである。

 その喫茶ルームにやって来たQ造は、いつもの通りの窓際の席に着き、コーヒーを飲みながらタバコを吸っていた。すると、目に前に見慣れた顔が現れた。それは、いつも同じルートで回っているP製薬の女性MR、Mさんだった。
Q造 「あれ、君もタバコを吸うんだ?」
Mさん 「ええ、最近は病院に喫煙所もありませんし、吸う場所がなくて困っているんです。でも、ここなら堂々と吸えるので、たまに来るんです」
Q造 「そうだね。僕も全く同じだよ。そろそろやめなくちゃと思うんだけれど、なかなかやめられなくて…」

 その出会いがきっかけとなって、2人の距離は日増しに近づいていった。情報交換を口実に、食事をしたりお茶を飲んだりするようになっていったのである。

 そんなある日、休日に、彼女と伊豆半島をドライブに出かけた。家には、会社の同僚とゴルフに行くとウソをついていた。以前、ゴルフに行った時にスコアーカードを余分にもらってきており、帰り道、そこに会社の同僚の名前を書いてゴルフバックに入れておくなど、アリバイ工作は万全……、のはずだった。

 家に帰り着くと、女房の様子が何やらおかしい。でもQ造は、気付かないふりで、やってもいないゴルフの様子を話して聞かせた。「で、そのときにAがさあ…」。すると、すかさず女房が切り返した。「そうよねえ。Aさんと今日、ご一緒だったはずよねえ。でも今日ね、Aさんから電話があったわよ。何か仕事のことで聞きたいことがあるんだとか。あなたっ! ゴルフ行っていたなんて、うそでしょう! 今までどこで何していたのっ!!」

 絶叫する女房の声を聞いて、Q造は絶望的なキモチになった。

 「私、浮気は絶対に許せませんから。今日のことはともかく、これからも浮気を続けるんなら離婚します。あなた、今後は浮気をしないって私に約束できる? 約束するんなら、その証拠として、今すぐにタバコをやめなさい」。女房は有無を言わさぬ態度で、Q造にそう宣告した。

 数日後、Q造は愛煙家のY先生を訪問した。いつものように、タバコ談義を始めたY先生に、Q造は言った。「実は先生、僕、タバコをやめました」。「よくやめられたなあ。何かあったのかい」とY先生は尋ねた。Q造は、ことの顛末をY先生に話したのであった。

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 これは筆者が、知り合いの先生から聞いた話である。

 多くの病院が敷地内禁煙になったせいか、最近は、医師でタバコを吸う人の数が大幅に減ってきたように思う。しかしMRでは、いまだに愛煙家が多いようである。移動中の車で喫煙し、医療機関に着いたらオーデコロンを振りかけてタバコの匂いを消して、先生の前に現れるMRもいると聞く。

 ちなみに、2005年の日本たばこ産業の調査によると、男性の喫煙率は年々低下し、45.8%になっている。でも逆に、女性の喫煙率は年々上昇していて13.8%。20代、30代の女性の喫煙率は、20%を超えている。このような傾向は米国でも同様だと、米国在住の友人が言っていた。

 かく言う筆者も、何度も禁煙を試みているが、いまだにタバコがやめられないでいるのである。