正月のお屠蘇気分も抜け、「今年も張り切ってがんばろう」とP子は心の中で誓った。昨年は、日ごろのMR活動が評価されて社長表彰も受けた。今年も2連覇を狙って誠心誠意がんばろうと考えていた。

 P子は、大学時代にミス大学に選ばれたことがあった。周りには「藤原紀香」に似ていると噂されており、自分の大学以外にもファンがいるほどの有名人だった。そんな大学時代はもちろんのこと、社会人になってからも社内外で人気の的だった。

 そんな彼女がMRになったのは、彼女の父も兄も医師であった影響が大きい。彼女も医師を目指したが、大学受験に失敗し、やむなく薬学部に入ったのだった。大学生時代、兄や兄の友人たちの話を聞いていて、やはり彼女も医療にかかわりのある職業に就きたいと考え、今の外資系の製薬会社に入ったのだった。

 MRになった当初は、都内のクリニックを担当していたが、入社して4年目を迎えた昨年から、都内の大病院を担当することになった。担当先は大病院4軒と中規模病院2軒。P子が担当する疾患領域の医師は100名ほどだった。

 病院を回り出してから、すぐにP子は先生方の人気者になった。P子の訪問を楽しみにしてくれる先生も何人かいた。先輩から「MRは人脈が大切だ」と教え込まれていたこともあり、P子は生来の明るさ生かして先生方と親しくのお付き合いをしてきた。

 P子によくしてくれる先生は多かったが、中でもN病院のF先生は、P子の薦める薬をどんどん使ってくれる上、院内の薬事審議会でもそれらの薬剤を審議にかけてくれるなど、便宜を図ってくれた。F先生はN病院の常勤の整形外科医で、40歳前の若手。だが、なぜか暗い雰囲気でもあり、P子の好みのタイプではなかった。

 P子の営業成績は、F先生のお陰もあって順調に伸び、昨年度も地域での売り上げ計画を20%オーバーする成績を残すことができた。昨年末、F先生を医局に訪ね、「先生、今年も大変お世話になりました。先生のお陰で、今年も目標を達成することができました。来年もどうぞよろしくお願いします」と挨拶したが、先生は伏目がちに「良かったね」と応えただけだった。

 「F先生は、とてもよくしてくれるのに、なんだか最近、様子がおかしいなあ」。徐々にそう感じ始めたP子であった。話しかけてもあまり会話はしてくれないのだが、ことあるごとに、遠くから自分のことを見つめているF先生の視線を感じていたのである。

 次第に、その視線を感じる機会も増えてきた。ある日は駅の改札口で、ある日は院内の廊下で。MRの溜まり場になっている喫茶店で見かけることもあった。同僚も「あれ? あれ、F先生じゃない? P子ちゃん、行ってくれば?」。そう言われることもあった。

 「気のせいかな」と思っていたが、度重なるとどんどん気持ちが悪くなってきた。同期のY子に話してみたが、「そんなの気のせいよ」と軽くあしらわれただけであった。P子は恐怖すら感じるようになり、思い切って上司の課長に相談してみたのである。

P子 「課長、最近、誰かに見られているみたいで、とても怖いんです。MRを続ける自信がなくなりました。どうしたら良いでしょうか」
課長 「うーむ。君の気のせいかも知れないけれど、誰かにストーカーされているのかもしれないね。会社としても調べてみるが、しばらく様子を見よう」

 残念そうにうつむくP子だったが、その翌日から、P子は恐怖のあまり家から出られなくなってしまったのである。

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 これも実際に起こった話である。その後、P子はMRから、本社の学術部に転属している。

 最近女性のMRが増え、全MRの1割を超える時代となっている。女性MRは、一般に優秀で、説明もきちんとポイントを押さえており、本来のMR業務を遂行する上で、男性のMRよりも適しているのではないかと感じる局面もしばしばである。これまで男性MRが力を発揮してきた「接待」の機会が大幅に減っていることも、そう感じさせる原因の一つかもしれない。

 しかしながら、ひとたび、容姿端麗で性格も良く、頭脳明晰な女性MRが登場すると、しばしば院内中で話題になり、中には熱を上げてしまう医師が登場してトラブルにつながることもある。最近、この種のケースをよく耳にするのは、筆者だけではないだろう。

 そろそろ、女性MRとしての心構えや、医師との上手な“付き合い方”をレクチャーする講座のようなものが必要なのかもしれない。