多くのMRにとって、年末年始は、来る日も来る日も宴会続きで、酒の抜ける日がない状態が続く。MRを何年かやっていると、徐々に酒に誘われるとNOと言えない性格になってくるから不思議である。

 12月後半、MRを始めて10年ほどになるO彦も、そんな毎日を過ごしていた。ベテランだけに、先生方との宴席で羽目を外すことはないが、その日は久しぶりに高校時代の親しい仲間との忘年会だった。O彦は久しぶりに会った仲間との懐かしさもあって、大いにはしゃいで酒を飲んだ。

 気の置けない仲間と飲む酒はうまかった。昔話に花が咲き、楽しい一時を過ごすことができた。自然、飲むピッチも早いペースになっていた。

 1軒目で、既にだいぶできあがってはいたが、周りに誘われて二次会にも付き合った。二次会は仲間が知っているスナック。全員が童心に返り、楽しい時間を持つことができた。

 夜も更け、二次会もお開きになり、O彦は郊外の自宅へと急いだ。終電車にうまく間に合い、酔いと車内の暖かさが加わってO彦は車内でウトウトした。駅員に起こされて気が付いたときには、もう終着駅。O彦の降りる駅はとっくに通り過ぎていた。

 「しまった。もう、タクシーで帰るしかない」。O彦はそう思ったが、所持金はほとんど飲み代に使ってしまったので、お金を持っていなかった。その駅から自宅までは4〜5kmほど。何とか歩いて帰れない距離ではない。「酔いを覚ましながらふらふら歩いて帰れば、今晩中には家に帰れるだろう」と思ったO彦は、家の方向に歩き始めた。

 歩いていると、急に尿意をもよおしてきた。どこか適当な場所はないだろうか。O彦は、幹線道路に沿って流れている川を見つけ、そこで用を足そうと考えた。川に近づくO彦。だが、酔いも手伝ったのか、O彦は、ほんの弾みでバランスを失い、川に転落してしまったのである。

 川の深さは2mほどもあり、とてもはい上がることはできなかった。加えてこの時、O彦は左足に激痛を感じており、踏ん張ることができない状況だった。携帯電話も水に浸かってしまい電源が入らない。O彦は、声を限りに助けを呼んだが、誰も寄っては来なかった。川縁にしがみついた状態で一晩中もがき苦しんだO彦は、結局、朝までどぶ川の中で寒い冬の夜を過ごした。

 もうろうとする意識の中で、O彦は白々と夜が明けてくるのを感じていた。通りがかりの人が気が付いたのは6時ごろで、救急車で近くの病院に搬送された。

 O彦は左足の脛骨を複雑骨折しており、折れた骨が外に飛び出すほどの重傷。その状態で汚い川の中に浸かっていたので、傷口から雑菌が入り、治療は難航を極めた。担当した医師は、大量の抗生物質を投与するなどして治療に当たったが、結局、O彦は左足の膝関節以下を切断しなければならなくなったのである。

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 この話も、筆者が知人から聞いた話である。その後、O彦は義足を付け、今でも元気にMRを続けていると言うことである。冒頭にも書いたとおり、MRをしていると、特に年末年始は飲み機会が大幅に増える。いわゆる「相手変われど、主変わらず」である。

 筆者は現役時代、酔って皇居のお堀に転落し、帰らぬ人となったサラリーマンを目の当たりにしている。酔った勢いで思わぬ重大事故を起こさぬよう、年末年始とはいえ、お酒はほどほどにしたいものである。