将来、がん、自己免疫性疾患、神経変性疾患などの治療法は、患者に応じて決められるようになるだろう。病気が診断されるとすぐ治療法が決まるわけではなく、タンパク質およびそのほかの重要な情報を得るために、画像化技術と血液検査によって患者をさらに詳しく調べられるようになる。そしてその情報をもとに、医師は、患者の状態(健康状態と体のダイナミクス)に合わせた治療モデルを構築する。病気の進行状況も、トータルに観察されるようになる。

 ポイントとなるのは、遺伝子構造、代謝物(代謝により形成された分子)、および細胞間でコミュニケーションを取るタンパク質などである。細胞同士の会話や、どの分子が速くあるいは遅く生産されるかなどについても、動的なモデルが作られるだろう。医師はこのモデルに基づいて異なる治療法をシミュレートし、最善の治療法を決める。その治療法は、他の患者に対するものとは異なるかもしれないが、その患者にとって最も効果的なものなのだ。

 このような、個人に特化した医療が実現するのは、多くの人が考えるほど遠い未来ではない。実のところ、精神医学の分野ではすでに本格化している。その分野では、長年にわたって二重盲検法による試行錯誤が繰り返されてきたが、本書で私が推奨してきたように、「理解」ではなく「管理」することによって、医師たちは、鬱をはじめとする精神疾患の治療の成功に近づきつつある。

 薬への反応は、人によってさまざまだ。抗鬱薬もしかりで、精神科医は、1人ひとりの患者に効果のある薬や服用量を見つけるのに苦労してきた。彼らが処方する薬は、その患者に対する効果が証明されているわけではない。どんな抗鬱薬も、効果があるのは患者の3分の1にすぎず、あとの3分の2については、次々に薬を変えて、効く薬に行き当たるまで処方箋を書き換えることになる。

 現在、この状況を変えようと、遺伝子の変異など、ゲノムの情報に基づいて抗鬱薬を処方しようとする試みが進んでいる。これは、長く待たれていた「ファーマコゲノミクス薬理ゲノミクス)」の第1波と言えるだろう。ファーマコゲノミクスとは、遺伝子の変異による薬への反応の違いを明らかにしようとする、個別化医療の一分野である。先に述べた遺伝子検査には、抗凝血剤、抗がん剤、抗生剤など、さまざまな薬に対するファーマコゲノミクス検査が含まれるが、最近では精神障害に関しても、遺伝子を調べるようになった。その検査は、メイヨークリニックとシンシナティ小児病院(検査のうちの一つは両者が開発した)では、標準的に行われている。メイヨークリニックでは30年にわたってその効果が調べられてきた。

 もちろん、これは鬱の治療だけの問題ではない。抗鬱薬の代謝に関わるタンパク質は、ほかの数多くの薬の代謝にも関わっているのだ。DNAを調べれば、その人の体がある薬にどう反応するかが明らかになり、それに基づいて、たとえば、ある外科的処置の前に抗凝血剤をどのくらい服用すればいいかといったことがわかる。つまり、DNAの情報から、その人の代謝に合うよう薬をカスタマイズできるのだ。