昔から工学の分野では、複雑なシステムを完全には理解しないまま、巧みに管理してきた。だが、医学の分野では、残念ながらそれとは別のアプローチが採られてきた。すでに説明した通り、医学の専門家は、ずいぶん長い間、病気を理解することにばかり気を取られ、その管理には目を向けてこなかった。いつの日か医学も、ハイテクのコンピューター会社の手法を取り入れることができるとよいのだが。

 たとえば2010年にオラクルが吸収合併したサン・マイクロシステムズ社では、エンジニアはシステム障害を未然に予測し、システム全体が停止する前に問題の部分を直すことができる。どうすれば、医学もそのようにできるだろうか。まず、脆弱な箇所を見極め、そこをチェックする方法を見つけなければならない。次に、将来の故障を防ぐ、最善の方法を知る必要がある。そして、適切に機能しない部分を交換したり、薬やライフスタイルの改善によって、その機能を正したりする。つまり、なってから治すのではなく、なる前に防ぐのだ。

タンパク質の言語解明で医療が変わる

 要するに疾病とは、システムが「かく乱」された状態なのであり、それを元に戻すには、システムの要素を特定し、それらの相互作用や関連を理解することが求められる。そして、遺伝子やタンパク質の全ネットワークを理解することができれば、そのネットワークを微調整して、結果を比べることができる。たとえば血圧の薬や少量のアスピリンが、システム全体、あるいは一部で、どんな働きをするかを調べることができるのだ。

 近いうちに、製薬会社は個人の状況に合わせた薬を開発するようになり、医師も、患者によって治療法を変えるようになるだろう。たとえば、ある抗がん剤は、患者の20パーセントにしか効果がないことがわかっている。ほとんどの人には役に立たず、しかも人によっては状態が悪化するような薬は意味がない。しかし、薬が効いた20パーセントの患者の血中タンパク質やそのほかの分子レベルでの特徴がわかれば、効果のある人を事前に特定できるかもしれない。遺伝子情報でそれがわかれば、タンパク質やその他の分子を調べる必要はないが、往々にして、こうした治療の効果はDNAとはまったく関係ない。

 貴重な情報は、どうやらタンパク質の中にありそうだ。将来は、「タンパク質にXというパターンが見つかれば、それはYという問題が起きていることを意味し、治療にはZという薬が有効である」と言えるようになるだろう。それが実現すれば、体内で起きていることについて(良い方向に向かっているか、悪い方向に向かっているかも含めて)何十万もの指標が得られる。そうなって初めて、体というシステムを正しく調べ、測り、理解することができるようになる。

 タンパク質のほかにも、重要な分子はあるだろう。たとえば、グルコース(ブドウ糖)は、細胞の代謝の動力となる糖分子で、エネルギーの主たる源泉である。しかしタンパク質はグルコースなどの生産と消費を調整しているので、タンパク質の状況さえわかれば、他の分子がどうなっているかを推測することができる。タンパク質の言語を理解できれば、多くのことを成し遂げられると私は信じている。

 私を含めた医学の研究者にとって、現代は実に刺激的な時代だ。先進技術と工学原理と体系的な思考を得て、私たちは初めて、複雑なプロセスの変数(ダイナミックな変数、つまり生命そのもの)を実際に見られるようになったのだ。(次回に続く)