医学界は、否定的な報告がお得意だ。たとえば、私が患者にある薬を処方し、深刻な副作用が現れた際には、FDAに報告しなければならない。しかし、望ましい結果が出ても、報告の義務はない! 私たちは、失敗からだけでなく、成功からも学べるはずだ。多くの病気の斬新な治療法と結果のデータを私たちは渇望している。
前回お話ししたツール・ド・フランスの覇者、ランス・アームストロングの経験からは、さらに二つの教訓が得られる。一つは、がんの初期の兆候を彼が見逃していたことだ。がんに関しては、予防と早期発見が鍵であり、ランスがもっと早い時期に気づいていれば、がんと戦わずにすんだのかもしれない。もう一つは、彼が医師たちの一般的な認識を受け入れようとせず、自分を守るために立ち上がり、自分に合ったアプローチを(破れかぶれではあっても)見つけたことだ。それが、彼の生命を救ったのである。
がん治療の分野は白黒がつけにくい。もしあなたのがんの直径が4センチなら、4カ月後には回復するが、6センチなら、がんは薬に耐性を持っており、この先、事態は悪くなる一方だ。しかし、何ら治療をしなければ、がんは直径12センチにまで成長するかもしれない。
耐性がんに関する研究のほとんどは、このようなあいまいな基準を用いており、それが結果をわかりにくくしている。真の「耐性」とは何かを定義することさえできないのだ。医学の世界では、常にイエスかノーかが問われるが、がん治療に関しては、必要なデータがそろっていないため、おおかたはグレーの答えしか出せない。できるのは、「以前」と「以後」を見比べることだけだ。そして残念ながら、唯一、成功と見なされるのは、腫瘍が小さくなることであり、成長速度が落ちても、通常、成功とは見なされない。しかし、私はそれを成功と見なすべきだと考えている。結局、それによって患者の寿命は延びるからだ。
わかりやすい例を挙げよう。2003年、ゲフィチニブ(商品名「イレッサ」)は、肺がんの増殖を阻害することがわかっていたが、臨床試験が第3段階まで来たときに問題が発生した。投薬された患者の症状は改善したが、腫瘍は小さくなっていなかったのだ。その試験がプラセボグループなしで行われたせいもあって、ゲフィチニブの評判は傷ついた。幸い、翌年、同様の薬、エルロチニブ(商品名「タルセバ」)について、プラセボグループを置いた試験が行われ、腫瘍が小さくならなくても、ほとんどの肺がん患者の延命に役立つことが明らかになった。プラセボグループの患者のほうがかなり早く亡くなったからだ。この種の研究がプラセボグループの犠牲なしに行われるとよいのだが。
人体の複雑さを示すもう一つの例を挙げよう。私が乳がんの女性に、パクリタキセル(商品名「タキソール」)を3週間ごとに投与したとすると40パーセントは著しい反応を示すだろう。すなわち、腫瘍が50パーセント縮小する。その後、がんは勢いを取り戻し、毎週、異なる量のパクリタキセルを投与することになる。30パーセントは好反応を示すだろう。その後、がんは再びぶり返し、私は持続点滴によって96時間以上、パクリタキセルを投与し続け、患者の20から30パーセントが好反応を示すだろう。
記事一覧
連載: ジエンド・オブ・イルネス 〜 がん治療医がたどり着いた「病気の真実」
第14回 未来の医療を見に行く(その6) 実験動物に効く抗がん剤が、なぜ人に効かないのか?
2013/12/25