抗がん剤は、がん治療に広く利用されているが、その薬ががん細胞に届いているというはっきりした証拠はない。ペトリ皿の中でなら、その見事な作用(その薬によってがん細胞がどうなるか)を観察することができる。しかし、そこで起きることは、体内で起きることと同じではない。同じ理由から、私は、「抗がん」を標榜する食品や栄養素に対しても懐疑的だ。確かにニンニクやウコン(ターメリック)は、研究室では腫瘍を消すだろうが、生きている体の中では、どう作用するだろう?

 体はペトリ皿より複雑で、解明されていないことも多い。ニンニクやウコンが体に良いのは確かだとしても、よく管理されたペトリ皿の中で観察されたことをもとに結論を出すのは慎むべきだ。ペトリ皿の中では、アルコールはがん細胞を消すが、酒浸りの人ががんにならないわけではない。灯油もおそらくがん細胞を消すだろうが、それを毎日飲もうという人はいないはずだ。

 抗がん剤ががん患者のためになっているのは明らかだが、その理由ははっきりしていない。私が参加したある実験についてご紹介しよう。その結果は、がんの成長と管理における環境の重要性を裏打ちした。またそれは、実験がどれほど信じがたい結果をもたらすかを示した。

 2001年、私は脳がん治療の研究のために新設された非営利団体、「Accelerate BrainCancer Cure」(ABC2)に加わった。それはダン・ケースとスティーブ・ケース兄弟によって創設された団体で、ダンは「多形性膠芽腫」と呼ばれる悪性の脳がんにかかっていた。スティーブはアメリカ・オンライン(AOL)の共同設立者にして前CEO、会長として知られる人物だ。結局、ダンはこのがんのせいで2002年に40歳で亡くなった。

 2004年、私は、デューク大学の神経腫瘍学者、ヘンリー・フリードマンから電話をもらった。それまでの経緯を述べておこう。フリードマンは、テキサス州の開業医、ヴァージニア・スターク=ヴァンスと夕食をともにした時に、ダンと同じタイプの脳がんを患い、抗がん剤が効かない患者について、アドバイスを求められた。この患者を仮にルーシーと呼ぶことにするが、余命は長くても9週間と見られていた。

 ルーシーは自分でがんについて調べるうちに、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事で「アバスチン」(一般名はベバシズマブ)の効果を知った。アバスチンには、がん細胞を成長させる血管の新生を抑える効果があるが、当時は大腸がんに対してのみ認可されており、脳がんは対象ではなかった。タイムズ紙の記事は、ルーシーと夫を十分に納得させるものであり、2人はアバスチンの助けを必要とした。

 はっきり言って、失うものは何もなかったのだ。しかし、スターク=ヴァンスにはいくつかの懸念があった。一つは、アバスチンには脳内出血を誘発する可能性があることだ。実際、最初期の臨床試験では、肝臓がんが脳に転移して、アバスチンを投与されていた29歳の女性患者が、脳内出血を起こしている。しかし、フリードマンはアバスチン投与を勧め、スターク=ヴァンスはリスクを覚悟のうえでゴーサインを出した。

 フリードマンからの電話は、アバスチン投与後のルーシーの経過を報告するものだった。彼は興奮気味に、がんは消えたか、少なくとも進行していないらしい、と言った。このようなことは進行性の脳がんではほとんど起こらない。

ほかの多くの患者と同じように、ルーシーも自分のがんにその薬が効くという保証はないまま、アバスチン投与を選択した。医師は、アバスチンなどの市場に出回っている薬について、認可されていない使用法でも、自由裁量で処方することができる(いわゆる「適応外使用」)。