体内環境を変えて作用する薬

 おそらく、環境が生物に及ぼす影響の強さを最もはっきり示すのは、薬の作用である。2009年2月に、ある臨床試験の結果が権威ある『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌に掲載された。主にウィーン大学出身の研究者らが、悪性の乳がんを患う閉経後の女性を対象として行ったものだ。「ホルモン受容体陽性乳がん」は、女性ホルモンであるエストロゲンに曝露すると大きくなる。したがって標準的な治療では、エストロゲンを抑えるために抗ホルモン治療が行われる。

 この試験では、乳がんを外科的に除去した1803名の女性をランダムに2グループに分け、一方には、1年に2度、抗ホルモン剤とゾレドロン酸(骨を育てる薬)を投与し、もう一方には、同じ間隔で、抗ホルモン剤とプラセボを投与した。ゾレドロン酸は通常、骨粗しょう症の治療に使われる薬だ。結果はどうなっただろう。

 ゾレドロン酸を投与されたグループは、がんの再発率が36パーセントも減少した。驚かされるのは、この薬ががんに作用するものではないことだ。この事例は、環境(骨。乳がんは骨に転移する)を変えれば、種(乳がん細胞)の発芽を抑えられるということを語っている。ゾレドロン酸は、被験者の身体システムを変化させ、間接的に、がんに目覚ましい影響を及ぼした。

 診断から5年後、これらのがん患者の生存率は98パーセント以上だった。さらに驚かされるのは、この結果が抗がん剤を用いずに成し遂げられたことだ。また、後続の研究により、骨粗しょう症の治療でビスホスホネートを1年以上投与された人は、乳がんのみならず、大腸がんのリスクも下がることがわかった。一つの薬が人体に複数の影響を及ぼし、複数の事象が起きたのだ。

 研究者らはビスホスホネートには次のような作用があると推測した。「がん細胞が体内を移動し、ほかのがん細胞や骨に付着する力を減少させる。がん細胞と戦うT細胞を活性化させる。がん細胞に養分を送る血管の形成を妨げる。細胞死を誘発して細胞のバランスを保つ。抗がん剤の効果を高める」。さらにデータがそろえば、結論ははっきりするだろう。

 かくして、ビスホスホネートには、骨粗しょう症の治療だけでなく、抗がん作用を含む多くの効果が期待されるようになった。そして実際のところ、骨粗しょう症に関する長期間の大規模研究により、ビスホスホネートを服用した人々は、服用しなかった人より、5年長く生きることが明らかになった。この結果を探り出したオーストラリアの研究者らは、何かの間違いか見落としがあったのではないか、と疑った。たとえば、被験者が医学的に管理されていたとか、特別な処置を受けた、あるいは、本来、健康で長生きしやすい人々だったというようなことだ。

 しかし、同じように健康に気遣ってビタミンDやカルシウムを摂取した人々や、ホルモン療法を受けた女性たちと比較し、この結果が歪曲したものではないことが確認された。ビスホスホネートは複数の方向から身体システムを変え、健康に向かうよう導くのだ。

 この結果を見て、研究者らはかなり奇抜な仮説を立てた。それは、「骨は鉛やカドミウムといった有毒な重金属の集積所として機能している。年を取って骨が溶けるにつれて、有毒物質が体に戻され、悪影響を及ぼす。ビスホスホネートは骨を維持することにより、有毒物質の拡散を妨げている」というものだ。これは、現時点では仮説にすぎないが、ビスホスホネートを巡る一連の発見は、これまで私が述べてきたことを裏づけている。

 つまり薬は体に複数の影響(良いものか、悪いものかは別として)を及ぼし、健康あるいは病気の土台となる体内環境を変えるのだ。もちろん、ビスホスホネートをはじめ、どんな薬でも、使うかどうかは、1人ひとりが主治医と話し合って決めるべきだ。私自身は、ビスホスホネートを飲んで5年長生きすることは、自分の考えに合っていると思っている。(次回に続く)